スポーツテストの日がやってきた。
 授業時間の一部をつぶして行われるこの行事に、勉強が好きではない人たちは喜んでいる模様――まあこういうイベントに関していえば、勉強が好きかどうかよりも、運動が好きかどうかのほうが重要になってくるか。

「イケメンの城崎はわかる、だがなぜフツメンの有馬がトップワンツーの美少女たちと仲が良いんだ」

「うむうむ。本当にわからん。有馬がいけるなら『俺もワンちゃんあるのでは?』と何度考えたことか」

 グラウンドにて、俺や蓮と一緒に測定を行うことになったクラスメイトが言う。
 背が高くひょろっとした細見の男が山田で、背の低いややぽっちゃり気味の男が田中。二人とも、俺に文句のようなものを言いながらも、視線は体操服を身に着けた女子に向かっていた。わかりやすすぎるだろこいつら。

「席が近いから話すことも多いんだよ。それに、俺は最近までギプスをつけていたから、優しいあいつらは面倒みてくれてたって感じじゃないか」

 俺がそう言うと、蓮も「そんな感じだよね」と俺に同意してくれる。

「そうか……骨折か。俺も両手両足を折れば可能性が高まるに違いない」

「だな、山田。幸いにも、今日は体を動かすスポーツテスト」

 幸いにも、じゃねぇよ。確率を上げるために自分の体をバキバキにしようとするんじゃない。それで見向きもされなかったらどうするんだ。

「あはは、さすがに両手両足だと学校に来られないんじゃないかな」

 苦笑しながら言う蓮に、二人のアホは目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

「「なんというジレンマっ!」」

 こいつら息ぴったりだな。
 頭を抱えてうずくまる二人を見てため息を吐いたのち、周囲を見渡してみる。
 グラウンドではソフトボール投げや五十メートル走が行われており、四人グループとなってそれぞれの種目のテストを行っていく。男子も女子も入り混じっている状態だ。

 右手が本調子ではないとはいえ、俺が参加できないのは右手の握力測定ぐらいだ。よくよく考えてみれば、ソフトボールだって左手で投げればいいもんな。全然飛ばないだろうけど。

「黒川さんたちはいまソフトボールのところにいるね」

 その友人の言葉を聞いてから、俺は蓮の視線を追ってみる。すると、彼の言ったとおり遠くに熱海と黒川さんの姿を見つけた。視力は両方とも1・5以上。別によく見る二人だから見分けられたとかそういうわけではないので。

 ま、まあ、彼女たちと一緒に回っているらしい二人の女子の名前はパッと出てこないんだけど。
 いつの間にか顔を上げていた山田田中コンビとともに、遠目で女子の投擲を見守ることに――と、思ったのだけど、黒川さんと熱海の二人が俺たちの視線に気づいたらしく、二人そろってこちらに手を振ってきた。

「俺か!? 俺に向かってなのか!?」

「どう考えても有馬か城崎という結論が出てきてしまう賢い自分が憎い……」

 対照的な反応を見せる二人の背後で、俺と蓮は熱海たちに向かって手を振り返す。誰に向かって手を振っているかなんて、この距離では判別しようがないだろうに。
 まぁ……熱海のちょっとぶっきらぼうな感じとか、黒川さんのぎこちない感じとかを見るに、もしかして俺がメインじゃないのかなと思ったのは、ここだけの話ということで。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ハンドボール投げは左手でぶん投げたのだけど、意外と記録は伸びて二十三メートル。二十八メートルの蓮には負けたが、山田田中コンビには勝利することができた。この二人に勝ってなにかあるかと言われても、特になにかあるわけじゃないが、俺が投げるときに熱海たちがこちらを見ていたので、かっこ悪い姿を見せずには済んだと思う。

 そして、次は五十メートル走。
 熱海たちはすでに走っており、後ろから見ていた感じだと、熱海は平均以上、黒川さんは平均以下――って感じだと思う。どちらも、平均からかけ離れているということはなかった。

 山田田中コンビが「黒川さんが走っている姿を後ろからではなく横から見たかった」と悔し涙を流していたので、「ほどほどにしておかないと嫌われるぞ」と忠告しておいた。

 ほどほどに――と言ったのは、俺も少なからずそう思ってしまったからである。
 そして、熱海のほうも見てやれよ――と、ひそかに思うのだった。


「有馬、走っても大丈夫なの?」

「思いっきり腕を振らないようにしたら大丈夫だろ」

「転んだりはしないようにしてね有馬くん。せっかくギプスとれたんだし」

「セーブして走るつもりだから大丈夫大丈夫」

 五十メートル走を走り終えた熱海たちは、次の種目が用意されている体育館に向かわず、俺たちが走っている姿を見るためにグラウンドに残っていた。そして、俺のもとに集まって言葉をかけてくる。熱海たちと同じグループの女子二人は、蓮と山田田中コンビたちと話していた。

「二人とも走るところ見ていたけど、思ったよりも速かったな」

 これは本心である。なんとなく黒川さんはどんくさいイメージがあったし、熱海も小柄だから走るという種目ではそこまで結果が出ないのではないのかと思ったりしていた。
 俺の言葉に、黒川さんは「わーい!」と喜びの声を上げて、熱海は俺にジト目を向けた。

「ふーん……いったいどこを見ていたんだか」

 黒川さんの上下にはずむ胸を見ていたのではないか――と、熱海は疑っているのだろうが、それは位置的に不可能なんだよ。と、いうことを熱海に説明した。

「二人の後姿しか見てないぞ、並んでたし」

「じゃあおしりを見てたのね」

「普通に走るところを! 見てたんだよ! 俺を変態にしようとするんじゃない」

 などと、熱海と言い合いをしていると、黒川さんがこちらを見て「あははっ」と笑い声を上げた。

「道夏ちゃんはからかってるだけだよ~。それに男子って無意識に見ちゃうって何かの漫画で見たなぁ――女の子はジッと見られると恥ずかしいんだから、有馬くんも気を付けるんだよ?」

 俺のおでこを人差し指でツンと突いて、黒川さんが言う。
 そして、自分でやっておきながら自分の行動が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして「ごごごめんね!」と謝りながら俺に背を向けた。
 そんな親友の行動を見て肩をすくめた熱海が、俺を見上げる。

「見比べるとかデリカシーのないことは特に気をつけなさいよ」

「はい」

 前科のある俺は、即座に肯定の返事をするのだった。