~熱海道夏Side~


 有馬の家からあたしの家に移動して、お姉ちゃんと陽菜乃が軽く挨拶を交わしてから、自室に移動した。どちらがベッドで、どちらが敷布団で寝るのかと相談した結果、陽菜乃がベッドの使用を固辞したのであたしはいつも通りベッドで寝ることになった。

「うぅ~、私どうしちゃったんだろ~」

 敷布団の上でうつ伏せになり、枕を両手に抱えて足をパタパタと跳ねさせる陽菜乃。
 男子が見たらこの光景だけでご飯三杯はいけるんだろうなぁと思いながら、「なにが?」と聞いてみた。

「有馬くんのことだよっ! 私って、いつもあんな風に男子と話してたかな? 今日の間接キスだって――うぅ、思い出したら恥ずかしくなってきちゃった~」

 より一層足をバタつかせながら陽菜乃が言う。
 これ以上激しくなったら下の階に影響が出そうなので、そろそろ注意しておくべきかもしれない――なんてことを普通なら考えそうだけど、そんなことより、《《嫌な予想が当たってしまった》》ことであたしの頭の中はいっぱいだった。
 うすうすは感づいていたけれど、そうであってほしくないと願うあまり、その可能性から目をそらし続けていた。

「…………そっかぁ」

 頭の中を整理しつつ、陽菜乃の言葉に相槌を打つ。
 心を焼き尽くしてしまうような葛藤があった。もし許されるのであれば、あたしはこの場で号泣してしまっていたことだろう。
 いままで恋愛に関して疎くて、いつになったら誰かを好きになるのだろうと思っていた親友が、よりにもよって――と、本当に泣きたくなった。

 だけど、それは許されない。あたしの気持ちは、誰にも知られてはいけないから。
 あたしは陽菜乃のことをとても大切に思っている。
 陽菜乃とは長い付き合いだから――というとても単純で、特に運命もなく、面白みもない関係性だけど、それでもあたしは彼女が大事だ。話していて楽しいし、気楽だし、そして裏表がなく優しい。

「なんだか有馬くんと好みが一緒だってわかると、すごく嬉しいんだよね~。いままでずっと道夏ちゃんとかぶってなかったからかな?」

 本人に悪気は一切ないのはわかっている。だけどその言葉ひとつひとつが、たしかにあたしの心をえぐっていた。だからといって、彼女を憎むことはない。
 憎むべきは陽菜乃ではなく、過去のあたしなのだから。

「陽菜乃はさ、家にいるときに有馬のことを考えたりするの?」

 あたしがそう質問すると、彼女は足をぴたりと止めて、ころりと寝返りを打ってからベッドに座るあたしを見上げた。枕を抱きかかえたまま、彼女は小さくコクリとうなづく。
 そうだよね――と思いながらも、あたしは確認作業を続けた。

 有馬が風邪をひいたとき、どう思ったのか。
 あたしと有馬が隣に住んでいることに対して、最初と今でどのように感情が変わったか。
 あたしが有馬にお弁当を作ってることに対して、羨ましいと思ったことはあるか。

 そんな質問の数々に、陽菜乃は予想通りの言葉を返してきた。
 そしてその回答をし続けるうちに、彼女も気づいてしまったのだろう。自分のなかの気持ちが、どういう感情であるかということに。
 陽菜乃は顔を真っ赤にしてしまって、女子であるあたしから見ても『可愛いなぁ』と思ってしまう。彼女は目をうるませて、あたしに聞いてきた。

「も、もしかしなくても私って……有馬くんのが好き――ってことなのかな?」

 そんな親友からの質問に、あたしは精一杯の笑顔を浮かべて、自らの心を砕きながら「そういうことよ」と答えたのだった。



「うー、そっかぁ。うわぁ、どうしよう……そっかぁ。恋愛って、こんな感じなのかぁ」

 ぽつぽつと自問自答をするように言葉を垂れながす陽菜乃。
 有馬に自信を持たせたかった。人助けをしても、自分の容姿を気にしなくてもいいように。
有馬に幸せになってほしかった。二人の命を助けた彼に、報われてほしかった。
 だけど、あたしの望みは予想もしない形で叶ってしまった。

「陽菜乃と有馬は相性がいいもの……お似合いなんじゃない?」

 苦笑しながら、陽菜乃に言う。彼女は嬉しそうに「そうかなぁ!?」と勢いよく体を起こした――が、困ったような表情に変わる。

「でも私からみたら、有馬くんと道夏ちゃんこそ相性がいい気もするんだよねぇ――って、好きな人のことでこんなこと言うのっておかしいのかな!?」

 もしかして私って変!? と言いながら、あわあわと慌てたようなそぶりを見せる陽菜乃。本当に彼女は可愛い。これをあたしが素だということを理解しているからこそ、より一層可愛く見えるのだと思う。

「あたしと有馬は――腐れ縁みたいな感じじゃないかしら? 恋愛とか、そういう関係じゃないから安心して」

 あたしがそう言うと、陽菜乃は困ったように「うーん」と言葉を漏らして、こちらを見上げながら再度質問をしてくる。

「道夏ちゃんはまだ運命の人が好きなんだよね?」

「……うん。好きなまま。ずっと、好きなままよ」

 本当ならば『好きじゃない』と言わないといけない。でも、そんなことを言えば彼女は誤解してしまう。王子様よりも有馬のことが好きになったんじゃないかと、そう思ってしまう。

「だから、陽菜乃は安心して有馬のことを好きでいていいのよ」

 有馬があたしの想い人であることだけは、絶対に彼女に知られてはならない。でないと、きっと彼女は身を引いてしまうから。そういう性格の女の子なのだ。

「そっかそっか! でも、有馬くんて道夏ちゃんのこと好きなんじゃないかなぁって思ったりもするんだよね~。……道夏ちゃん、可愛いからなぁ」

 しょんぼりと拗ねるように唇を尖らせるあたしの大事な親友。
 可愛いのは陽菜乃のほうよ――そう言って、あたしたちはまたお互いを褒めあうのだった。