よくもこれだけ恋バナで盛り上がれるなぁと思いつつ、なんだかんだ俺も会話に加わって、楽しい時間を過ごした。
 夜の六時に家を出て、俺と熱海で黒川さんを駅のバス停まで送り、その帰り道。
 駅とマンションの中間地点ぐらいにある二十四時間営業のスーパーの前で、熱海が「スーパー寄りたいんだけど」と話しかけてきた。

「先に帰る? 一緒にくる?」

「なんだかそのセリフを聞くと同棲してるみたいだな……俺もコンビニで弁当を買って帰るつもりだったから、たまにはスーパーのやつにするよ」

 というわけで、二人でスーパーの自動ドアを抜ける。

「今日は夕食の作り置きがない日なの?」

「そうそう。だからたまには近くのコンビニでカップ麺か弁当買ってる」

 なるほどねぇと熱海は相槌を打って、買い物かごを手に取った。そして、慣れた様子で野菜売り場へ。俺が普段立ち入らない領域である。
 熱海は袋に入ったジャガイモを手に取ってから、俺に視線を向けた。

「有馬はクリームシチュー好き?」

「まぁ好きかな。なんで?」

「今日あんたの分も作ってあげるわよ。シチューなら左手でも食べやすいでしょ」

 そう言いながら、熱海はもはやそれが決定事項であるかのように、ジャガイモをカゴに入れる。続いて、ニンジンもぽいっとカゴに入れた。

「そりゃありがたいけど……いいのか?」

 クラスメイト女子の手料理――しかも美少女として有名らしい熱海の手料理だ。
 俺の困惑が表情から伝わってきたのか、熱海は指を立てながら懇切丁寧に解説を始める。

「まず親友を救ってくれたお礼――しつこいかもしれないけど、あんたまだ骨折してるし。次に熱海家としてのお礼――この前夕食ごちそうになったからね。それにどうせシチュー作ると多くなっちゃうから、有馬の分ぐらいはある。あとは、由布さんがお弁当作るの楽しいって言っていたから、人に料理を振る舞う気分を味わってみたかったの」

 納得したかしら? という疑問符を最後に、彼女は言葉を締めた。

「いやでも、熱海って家でもちょこちょこ料理してるんだろ? お姉さんに振る舞ってるじゃないか」

「家族と友人は別物でしょ。陽菜乃に食べてもらったことはあるけど、まだ男子に食べてもらったことはないから――まぁ実験台みたいな?」

「最後の言葉で色々台無しだぞ」

「あははっ、まぁいいじゃん。ちなみに有馬はシチューにパン派? ご飯派?」

「……パン派ですけども」

 俺が答えると、彼女はパッと明るい笑みを浮かべる。
 何がそんなに嬉しいんだと疑問に思っていると、彼女はぐいっと俺に顔を近づけてきた。

「あたしもパン派! 陽菜乃はご飯食べるから、あんたもてっきりご飯って言うのかと思っちゃった」

 どうやら、自分と一緒だったことが嬉しいらしい。
 多少好みが被っているとはいえ、全てが全て被るわけでもないだろうに。

「有馬と好みが被ることもあるもんだね~」

 楽し気に彼女はそう言って、買い物かごを片手に店内を歩き始める。
 シチューはもともとパン派が多いだろとか、二択なら被ることもあるだろとか、そういう野暮なことは、思ったとしても口にしないほうが吉なんだろう。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ごちそうさま。うまかったよ」

 クリームシチュー、そして短冊状にカットされたトーストを二人で食べた。
 めずらしく、本日は熱海家のリビングで夕食をとっている。そりゃ熱海の使い慣れた調理道具があるから当たり前といえば当たり前なのだが、ゴキブリ退治のときちらっと訪れただけなので、ここまで長い時間滞在するのは初めてのことだった。

「有馬って、食レポとか絶対向いてないわよね。『うまい』ってセリフをしつこく聞かされたもの」

「……下手くそで悪かったな」

 何か感想を言わないと――そう思いつつも、口から出てくるのは率直な『うまい』という感想だけ。自分でも情けないと思っていたよ。動画やテレビで勉強しておくべきか。
 でも、その言葉を言うたびに熱海は『よかった』って嬉しそうに言ってくるもんから、それで良いんだと思ってたんだよ。

「あははっ、拗ねないでよ~。まぁ人に作るって気持ちがなんとなくわかった気がするわ。協力ありがと」

 ありがとうはこっちのセリフだよ――と言いかけたけど、なんだか恥ずかしくて口が動かなかった。代わりに、もう一度「うまかった」と代わり映えのない言葉を口にした。
 その言葉に、熱海も代わり映えのない「よかった」という返事をしたのだった。


 俺は隣の自宅へ帰って、シャワーを済ませた。
 その後、なんとなく予想していた通り熱海から『開けて』というチャットが届いた。
 玄関扉を開くと、当たり前のように「お邪魔しまーす」と口にして、漫画本を抱えた熱海が靴を脱いでリビングへ向かっていく。本当に、めちゃくちゃ馴染んでるなこいつ。
 俺と出会って、まだ二週間も経っていないというのに。

「よっこらせ」

「おっさんのセリフだなぁ。王子様の前では言わないようにしたほうがいいんじゃないか?」

 慣れた様子でソファーに腰を下ろす熱海を見ながら、肩をすくめる。
 いまのところ、俺が抱く熱海の印象は、由布とはまた違った気兼ねない女友達って感じだ。

「そういえばさ」

「スルーかよ」

「まぁまぁ――陽菜乃がさ、城崎に助けてくれたお礼としてなにかプレゼントしようかって悩んでいるんだけど、あんた欲しいものとかある?」

「えぇ……別にお礼とかいらないんだけど」

 見返りを求めて助けたわけじゃない。もっというと、身体が勝手に動いていただけだ。
 無論、いつも意識的に誰かを助けたいとは思っている。そうじゃないと、俺の命の価値が――父さんの命の価値が、下がってしまうような気がするから。

「言葉だけで十分だろ」

「あんたはその言葉すら受け取ってないけどねぇ。そろそろ陽菜乃に伝えるつもりになった?」

「なりません」

 俺がきっぱりと断言すると、彼女は眉を寄せてから「本当に強情ね」と口にする。
 そしてため息を吐いてから、「陽菜乃にそう伝えておく」と言ってくれた。
 ただ熱海のこの顔、何かを企んでいるような表情な気がするんだけど、気のせいだよな?