三人でカラオケにやってきて、五分ほど談笑したのち一曲目は熱海が歌うことになった。
 二人で行く時はいつも熱海が先に歌うらしいし、俺が一番手を恥ずかしがったためである。順番は、熱海、俺、黒川さんということになった。

「~~~~♪」

 熱海が歌っているのは女性歌手の有名曲。歌詞の内容は、片思いの女性の気持ちを表すものだった。
 たぶんCMとか街で流れているようで、耳馴染みのある曲である。フルで聞いたことはなかったが、この曲はこんな歌詞だったんだなぁ。
 それにしても、やたらと上手いな熱海。

 怒鳴られることが多かったせいか、なんとなく荒っぽい声を想像していたのだけど、透明感のある、それでいて空のように大きな広がりを感じるような声だった。音程も外さないし、ビブラートもかなり自然にできている。

「道夏ちゃんって歌上手でしょ? 私はこんなに上手くないから期待しないでね?」

 モニターに映し出された歌詞、そして歌う熱海をチラ見などしていると、黒川さんが俺に近づいて声を掛けてきた。聞こえやすいように、顔を近づけて。綺麗にカールしている長い睫毛に少しドキッとした。

「大丈夫大丈夫。それより、このあと俺めちゃくちゃ歌いづらいんだけど……」

 俺もすでに歌う曲を機械に送信済みだ。
 好きな男性バンドの、わりと有名な曲。青春の歌だ。
 笑われたりはしないだろうけど、愛想笑いとかされたらへこみそうだなぁ。音痴ではないつもりだけど。

「う~ん切ない! 切ないよねぇ!」

 歌い終わった熱海が、マイクを抱きしめながら言う。
 俺と黒川さんが拍手をすると、彼女は照れくさそうに「どうもどうも」と頭を数度下げた。
 そして、オレンジジュースをストローでチューチュー。

「めちゃくちゃハードル上げられて歌いづらいんですが」

 熱海がおいたマイクを手に取り、ジト目を向けながら言う。すると、熱海はニヤニヤとした表情を浮かべて、俺の胸をトントンと突いてきた。だから男子を気安く触るなって。

「あれぇ、もしかして有馬ー、『歌上手いね』って言うのが照れくさくてー、遠回しの表現とかしてないかなー?」

「うわうぜぇ……」

 そこはわかっても指摘するなよ馬鹿。

「あははっ! 図星の反応じゃん有馬! おもしろっ」

 よほど熱海のツボに入ったのか、彼女は目尻の涙をぬぐいながら笑っていた。
 今度何かで仕返ししてやろう。方法は特に思いつかないけども。

「もー、あまり有馬くんをからかっちゃダメだよ道夏ちゃん! あ、もしかしてアレかな? 二人って仲良しだし、好きな人をいじめたくなっちゃうみたいな――」

「「ないない」」

 黒川さんの謎の理論は、二人そろって否定した。
 熱海は運命の王子様にご執心だし、俺もそれを理解しているからな。昨日も漫画読んでいる最中、うわ言のように『会いたいなぁ』とかぼやいていたし。

「よし、下手でも笑うなよ二人とも」

 俺のいれた曲の音楽が流れ始めたので、立ち上がる。
 熱海は座っていたけど、俺は立っていたほうが歌いやすいのだ。ちなみに由布も立つタイプ。

「あー! この曲好き! というか、このバンド私好き! 私も良くカラオケで歌うよこの曲っ!」

 そう言うと黒川さんは、鼻歌を口ずさみながら身体を左右に揺らす。
 マジか……もしかして俺、黒川さんが歌いたい曲奪っちゃった感じ?

「俺、別の曲にしようか? 黒川さんこれ歌う?」

 そう言いながらマイクを手渡そうとすると、彼女はブンブンと首を横に振った。そりゃ『じゃあ歌う!』とはならないか、失敗したな。

「じゃあせっかくだし一緒に歌おうよ! 交代しながらね!」

「――へ? あ、うん。わかった」

 なぜかそういうことになった。
 ひとりで歌うよりは緊張しないし、結果オーライか。
 熱海を見てみると、肩をすくめて呆れたような表情をしていた。

「あんたたちって本当、呆れるぐらい好みがすごく似てるわよね。食べ物といい音楽といい」

「みたいなだなぁ」

 黒川さんが男だったらすごく仲良くなれそうな気がする。
 恋愛対象という意味では、好みが似ていることが良いのか悪いのかは知らないけど。いやそもそも、恋愛対象として見るには俺に黒川さんは高嶺の花すぎるか。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 カラオケを出て、黒川さんをバス停まで送ってから、熱海と俺は二人になった。
 時刻はまだ夜の七時半。
 黒川さんの門限は夜の九時らしいけど、今日は俺の母親も熱海のお姉さんも仕事がないため、家族で食事をとるためにこの時間に解散したというわけだ。

 ちなみにカラオケに関して。
 黒川さんは元気いっぱいといった感じで、聞く人を楽しませるような歌声だった。
 熱海にはバラードが似合い、黒川さんにはポップな曲が似合いそうな感じ。
 そして俺の歌に対する二人の感想は『力強くて良いね!』と『上手いと思うわよ?』だった。可もなく不可もなくといった感じだったのだろう。

「熱海さ、途中から『黒川さんと仲良く』とかそういうこと、忘れてただろ?」

 帰り道を歩きながら、問いかける。すると、彼女はビクッと身体を震わせてからゆっくりと俺を見上げた。

「……やっぱりバレてた?」

「安心しろ。俺もカラオケ久々だったし、緊張してそんなこと考えている余裕なかったから」

「可愛い女の子に囲まれて上手く喋れずに悩んでいたわけね」

「はいはい、そうですよ」

 何を言ってもからかわれそうだったので、肩をすくめて話に乗っておいた。
 拗ねないでよ~と俺の背中をつついてくる熱海を無視していると、スマホが震えた。
 信号で立ち止まったタイミングで、胸ポケットから取り出して画面を確認。
 ………………冗談だよな?

「どうしたの? なんか顔引きつってない?」

 信号が青になっても歩き始めない俺の顔を覗き込み、熱海が首を傾げる。
 俺は無言で、スマホの画面を熱海に向けた。

「なに? これ見ろってこと? ――うそぉ」

 差出人は、うちの母親だった。

『今日は熱海家と有馬家で一緒に晩御飯を食べることになったから、道夏ちゃんにも伝えておいてね~』