ひとしきり、俺と道夏が名前呼びに変わったことについて追及されたあと、いよいよプレゼント開封の儀の時間が訪れた。

 黒川のプレゼントは、リップクリームとハンドクリーム。これは一緒に買いにいったから知っていたのだけど、彼女はそれに加えて手紙も同封していた。

 手紙に書いてあった内容は、誕生日――そして恋人となった俺たちに向けてのお祝いの言葉。俺も見ていいということだったので、少しだけのぞかせてもらったのだ。

 俺も黒川から二度、違う形で手紙をもらっているけど、もしかしたらその関係で『紙に書いて渡す』ということが気に入ったのかもしれないな。

 そんなことを思いながら、道夏が嬉しそうにする姿を眺めた。

 そして次に、蓮と由布からのプレゼント。
 薄い長方形の箱を開けると、中身は写真立てだった。

 デジタル化が進んだ今の時代じゃ、そもそも写真なんてスマホの中だけって印象だけど、実際に目の当たりにすると、俺も欲しいなと思えた。

 写真立てには、つい先日我が家で勉強会をしたときに由布がタイマーで撮った写真が入っていた。改まってどうしたんだろうと思っていたが、どうやらこの時にはすでに彼女は道夏の誕生日のことを知っていたらしい。

 五人全員が笑って――まぁ俺は若干ピエロスマイルの気配が滲んでいるけど、笑顔は笑顔だ。

 由布は蓮を後ろから抱きしめていて、道夏は笑いながら俺のピエロスマイルを指さしている。そして、黒川は俺と道夏の肩に手を置いて、満面の笑みを浮かべていた。

 良い写真だな、と思う。俺も欲しい。

 だからこそ――困るんだけどなぁ。黒川のプレゼントも、由布たちのプレゼントも、とても素敵なものだった。俺が渡す前にハードルが上がり過ぎてるんですけど。

「そういえば、陽菜乃と一緒にお出かけしたのよね?」

「お、おう……誕生日に気付くのが遅れちゃって、黒川もまだ買ってないみたいだったから――」

 え? もしかして不穏な感じですか? 由布や黒川は『大丈夫』みたいなことを言っていたけど、道夏的にはNGだったのだろうか?

 そんなことを思いながら焦りを感じていると、道夏は「ぷっ」と噴き出した。

「あははっ、冗談よ。ちゃんと陽菜乃から経緯とかも聞いてたから」

 そ、そうか。まじで焦ったわ。俺としてはプレゼントを渡したあとに言おうと思っていたけど、よくよく考えたら先に伝えていなきゃ言い訳みたいに聞こえそうだもんな。

 ありがとう、黒川。

「でも、何を買ったのかとかは教えてくれなかったから、楽しみ。陽菜乃も強情よねぇ」

「いやそこは聞き出そうとすんなよ」

「だって気になるんだもん」

「子供かよ」

「十七歳はまだ子供だもん」

 ニマニマと笑いながら、しかし唇を尖らせて、道夏は楽しそうな表情で俺を見る。俺が渡したプレゼントを、大事そうに抱えながら。

「んー、これはイチャイチャ判定でしょうか。解説の由布さん」

 俺たちの会話を見守っていた黒川が、マイクを持つようなジェスチャーをしながら言う。恥ずかしいから、からかうのはやめておくれ。

「レッドカードですね。退場です」

「あははっ、熱海さんのお祝いなんだから、退場はダメでしょ」

 ふざける女子二人に、蓮が笑いながらツッコミを入れる。正直三人のことは頭から抜けてしまっていたけど、退場は勘弁してください。俺の部屋だし。道夏の誕生日だし。

「あ、開けるわよ! いいわね優介!?」

「お、おう。どうぞ」

 三人からのからかいの視線から逃れるように、道夏はプレゼントの開封を始める。手先の動きからは焦りが感じられた。割れ物だったら危なかったかもしれない。

 そして、彼女はリボンをほどき、袋から俺が購入したクマ付きプリザーブドフラワーを取り出した。手に持って、じいっとそれを眺める。

 は、反応がない。もしかして、あまり好みではなかったのだろうか……。

「……可愛い」

 十秒ほどクマと花を眺めていた道夏が、ぽつりとつぶやいた。

 やはり先ほどまでのプレゼントと比べて、反応が薄い気がする。由布と蓮、そして黒川のプレゼントのときは『うわぁ! 嬉しい!』みたいな雰囲気だったのに……やっぱり、俺のセンスがなかったのだろうか。

 不安に襲われ、俺は助けを求めるように他の三人に目を向けてみる。

「…………?」

 しかしここでも、俺の予想外のことが起きていた。

 蓮は俺をニコニコと見ていて、黒川はほっとしたような優しい目で道夏を見ている。

 そして由布は俺と目が合うと、つつくような動作――道夏を見ろというような仕草をしながら笑っていた。

 だから、俺は道夏を見た。相変わらず彼女は、俺のプレゼントをもったままである。どんな表情をしているのだろうと思って顔をのぞきこんでみると――涙を流していた。

「――っ!? ど、どうした道夏? なんで?」

「――ご、ごめ――嬉し、くて……」

 プレゼントは両手に持ったまま離さずに、彼女は二の腕で目元をこする。やりづらいだろうと思って「持っておこうか?」と問いかけると、プレゼントを俺から隠すように遠ざけた。

「……あたしが持つ」

 そう言って、俺を潤んだ瞳でにらむ。

 え? 道夏、可愛すぎない? これってもしかして惚気だろうか? いやでも、誰が見ても可愛くないですかね?

 まぁそんなことを言うほど空気が読めないわけでもないので、俺は道夏の背中をさすりながら、三人に向けて苦笑を披露したのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「律儀な奴らだ……」

 飾りつくした部屋を見た時に、『この部屋を片付けるのは大変そうだなぁ』と思っていたけれど、皆が帰宅前にせっせと片づけを手伝ってくれた。

 ちなみに道夏が一番頑張っていた。そして、『思い出になるから』ということで、由布や黒川の折り紙作品はもちろん、捨てるつもりだった折り紙の飾りをほとんど持って帰っていた。さすがに風船は捨てたけども。

 道夏が自分の家で楽しんでいる間に、のんびり片づけをしようと思っていたけど、時間が空いてしまった。

 いつもと変わらない部屋のはずなのに、妙に寂しく見える室内を見渡してぼうっとしていると、スマホが震える。

 開いてみると、千秋さんと道夏がケーキを前にピースしている写真だった。それに加えて『太っても嫌いにならないでね』なんて言葉を付けたされている。

「これぐらいで太りはしないだろうに……」

 クスリと笑って、俺はポチポチと返事を入力する。

『心配すんな。もちろん道夏の外見も好きだけど、大事なのはそこじゃないだろ? あの日あの時、道夏を助けたやつのことを思い出して見ろよ』

 チビで、デブだった俺を――それでも道夏は、好きだと思ってくれていたのだから。

『あのめちゃくちゃかっこいい王子様のことね』

『……恥ずかしいからやめてください』

 まさかこんな返答が来るとは思わなかったよ……少しはお前も照れてくれ。

 いま俺は、人に見せられないようなニヤけ面をしているんだろうなぁ……顔も熱いし、たぶん赤面もしてしまっているのだろう。

 というか、道夏はいま千秋さんと楽しんでいる最中だろうに……あんまりスマホをいじり過ぎるのも問題だろうし、適当なところで切り上げるとするか。

 そう思いながら、彼女からの返信を待つこと一分弱。返信が届いた。

『あとでさ、寝る前に電話してもいい?』

『もちろん。うちの親は仕事だから、どうせ暇だし』

『わかった! ありがと!』

 俺との電話なんかに価値を感じてくれる――こういうところを見ると、改めて道夏は俺のことが好きなんだなぁと実感する。嬉しいような恥ずかしいような、微妙な気分だ。

 今まで気持ちを表に出すことができなかったから、きっと彼女も楽しいのだろう。そして気持ちを伝えられることが、嬉しいのだろう。

 夏休みが明けて学校が始まったら、大変なことになりそうだなぁ……だけどきっと、悪くはないはずだ――いまよりもっと楽しくなるはずだ。

 数時間前に道夏が座っていた場所を眺めながら、そんなことを思った。




あの日、キミを助けたのはオレでした。
~完~