有馬家に家族総出で再び感謝と謝罪を伝えてから、私とお姉ちゃんは東北に帰る両親を見送った。久しぶりの家族との再会だったけれど、私はたぶん、あまり元気そうに振舞えていなかったと思う。

 ここ数日――いや、あの日駅の階段で有馬と出会ってからの日々は、本当に心の休まる暇がなかった。良い意味でも、悪い意味でも、私にとって濃い五か月間だった。

 有馬がどうだったかはわからないけれど、きっと私の親友もそう思っているだろう。

 八月十六日。

 お盆が明けてから、陽菜乃は約束した時間ピッタリの午後一時に我が家を訪れた。

 普段と変わらない服装で、普段と変わらないテンションで、普段と変わらない話し方で。だけど、きっと心の中はいつも通りではないのだろう。

「そういえば有馬くんたちも話し合い? みたいなのしてるんだって」

「うん。由布さんからでしょ? 私もチャットが来たわ」

「そうそう。たぶん由布さんがしょぼんとしてて、有馬くんがメッてしてるんだろうなぁ」

 そんな感じでゆったりと会話は始まった。そこに至るまでも『飲み物は何がいい?』とか、『外暑かったよ~』みたいな話はあったけれど、本題とはズレた会話だった。

 場所は私の部屋で、陽菜乃も私もベッドに腰掛けている。向かい合うこともできたけれど、今はこの状態のほうが本音で話しやすかった。

「……私は、有馬が好きよ」

「うん、いっぱい知ってる」

 彼女の言う『いっぱい』はきっと、有馬と出会う前からのことも含めているのだろう。散々、彼女には『王子様』として彼のことを話して来たから。

「でも私は、自分にふさわしくないと思って、私には恋心を有馬に伝える資格なんてないって、陽菜乃と有馬のほうが相性が良いって、ずっと考えてた」

「うんうん、この前教えてくれたね」

 陽菜乃は相槌を打ちながら、しっかりと話を聞いてくれている。

 お互いに目を合わせることなく、並んで座って正面を向いたまま。目を合わせたほうがいいだろうかとも考えたけれど、陽菜乃もこの状態を望んでいるように見えたから、このまま話すことに。

「有馬にも、陽菜乃を勧めるようなことを言ったりもした」

「うん、それも教えてくれたね――ほんとに、ひどいと思わない? 有馬くんに私を勧めておきながら、私が有馬くんのことを好きになったあとに、やっぱり自分も好きだったって言うんだもん」

 彼女はやや怒った口調でそう言って、私の顔をのぞきこむ。即座に「本当にごめんなさい!」と謝罪した。自分でも思う、本当にひどいことをしていると。

「――なんてね! びっくりした?」

 絶対に怒っている――と思いきや、彼女はすぐにケロッとしたいつもの表情に戻る。

 陽菜乃は「冗談だよ~」と私の背をさすりながら言うと、再び正面に顔を向ける。

「い、今のはね、どうせ道夏ちゃんのことだから、こんなことを考えているんだろうなぁって思ったものを口にしてみただけだから! 全然本心じゃないからね! 大丈夫だからね!」

 ちょっと目がうるっきてしまったけど、必死にこらえる。同情を誘いたくないから、やはり目を合わせないで正解だったかもしれない。

「道夏ちゃんはね、私を甘くみすぎだよ」

 陽菜乃は人差し指をピンと立ててからそう言った。

「有馬くんへの想いも、道夏ちゃんへの想いも、あとはメンタル的にもね」

 どういう意味だろうか、と考えていると、私が問うまでもなく陽菜乃は説明してくれた。

「色々考えてみたけど、やっぱり私が有馬くんを好きになったのは、とても自然なことだったよ。裏で誰が何を考えていようと、結局好きになったと思う。だから、ここに道夏ちゃんは一切関係ないの――私の想いは、誰かに作用されるようなものじゃない」

 私が何をしていようが、関係ないということ――つまり、これが陽菜乃の言う『有馬くんへの想い』を甘く見ていたということか。

「それに、二人は誰がどうみても両想いなんだもん。私は道夏ちゃんに負けないぐらい有馬くんのことを好きだったって言えるけど、有馬くんの気持ちは道夏ちゃんに向いているからね」

 申し訳ないという気持ちが湧いてくる――だけどやはり、有馬のことが好きだという気持ちも強い。三角関係というのは、こんなにも苦しいものだったのかと再度実感する。

「ねぇ道夏ちゃん。私はもう、前を向いてるよ。こういうとき、有馬くんのことを引きずってしまうほうが女の子として可愛げがあるのかもしれないけど、ちゃんと前を見てる」

 えへへ、と可愛らしく笑って、陽菜乃が言う。

 きっと私よりも辛い思いをしたであろう彼女が、前を向いているという。私は促されるばかりで、背中を押されるばかりで、何もできていない。情けない限りだ。

 誰かを傷つけてしまうことが怖くて、何もできなかった。何かを失うことが怖くて、動き出せなかった。だけど――私も前を向こう。

 向くだけじゃなくて、歩き出そう。しっかりと、自分の意思で、自分の足で。
 顔を横に向けると、同じタイミングで陽菜乃も私を見た。

「……私、有馬に告白する。わがままなのはわかってるけど、ちゃんと彼に『好きだ』って想いを伝えたい。夏休み中だなんて言わない、時間が合えばすぐにでも、言う」

 息継ぎするのも忘れて、一息に言い切った。
 私の言葉を聞いた陽菜乃は、晴れやかな表情で頷く。そして、私に人差し指を突きつけた。

「有馬くんと二人で幸せにならないと、私怒るからね?」

「うん、絶対に私、有馬を幸せにしてみせる。死ぬ気で頑張る」

 両手を握りしめて、気合を入れる。まだ告白が成功するかもわかってないけれど、全力で挑もう。七年間の想いを、真っすぐに伝えよう。

「あははっ、なんか告白の予行練習みたいだね! あと、有馬くんだけじゃなくて、道夏ちゃんも幸せにならないとダメで~す」

 指でバツを作って、陽菜乃が「ブーブー」と言う。

「私としては陽菜乃にも幸せになって欲しかったんだけど……」

 私がそう言うと、彼女は私の鼻を人差し指でグイっと押してくる。ぶ、豚みたいになっちゃうからやめてほしいんだけど……。

「私は大好きな二人が幸せになれるなら、十分幸せだよ! それに、この世界には私が出会って話したことがない人がたくさんいるんだよ! 有馬くんよりもっと素敵な人と出会うかもしれないからね! だから、未来がどうなるかなんて誰にもわからないんだよ~」

 有馬より素敵な人なんてこの世にいるのだろうか――そんな惚気のようなことを私は考えてしまい、一人で羞恥心を抱えることになったのだった。