道真さんと希さんとは、喫茶店で食事をしたのち、あちらでも会う約束をしてから別れた。

 というか、ご丁寧にじいちゃんたちの家の近くまでタクシーで送ってくれた。お店でもタクシーでもお金を払おうとしたのだけど、二人は断固拒否の姿勢を見せていたので、お言葉に甘えることに。

 家に帰ると、じいちゃんばあちゃんが居間でくつろいでいたので、俺もそこに加わることにした。

 内容が内容だし、一度一人でじっくり考えたほうが良かったのかもしれないけど、このままではじいちゃんばあちゃんとあまり話すこともなく帰宅することになりかねないので、ギリギリまではここでのんびりすることにした。

 考えるのは、別に移動中でもいいわけだし。

「なんかごめんね。あんまり家にいなくてさ――冬はもっとゆっくりするから」

 冬にはこたつとなるテーブルを囲み、祖父母と話す。

 テーブルの真ん中には袋に入ったせんべいが、丸いお盆に十枚ぐらい乗っていた。俺が『このせんべい美味い』と言ってからは、いつも置いてある気がする。せっかくなのでバリバリと一枚食べさせてもらうことにした。

「ええんじゃええんじゃ。こんな老いぼれたちのために顔を見せに来てくれるだけでもありがたいからの」

「そうですよ。……だけど、いまのままだと送り返すのはちょっと心配ね、ねぇあなた」

「そうじゃのう」

 二人だけにしかわからないような何かがあるらしい。よくわからない会話の流れに首を傾げていると、じいちゃんが口を開いた。

「悩みがあるなら話せばいい。わしらでは解決することはできんかもしれんが、壁に向かって話すよりはマシかもしれんぞ」

 じいちゃんはそう言ってから、湯飲みに入ったお茶をズズズと飲む。

「俺ってそんなに悩みを抱えてるようにみえる? ……わかりやすい?」

 こんなにじいちゃんばあちゃんって鋭かったっけな……なんだか由布と話しているような気分になったぞ。

 もしかしたら俺の知らぬ間に、じいちゃんばあちゃんは陰で支えてくれていたのかもしれないな。俺が気付いていなかっただけで。

「「孫じゃからの(ですからね)」」

 そんなもんなのか。俺もいつか孫とか子供とかができたら、そんな風になれるのだろうか。



「なるほどのぅ……つまり優介は、友達を傷つけてしまっていたことを悔やんでいて、相手も優介を傷つけたことを悔やんでいる――そういうことかの?」

「まぁそんな感じ、かな。それと、その友達の友達も巻き込んじゃってる。そのことに気付くのに、すごく――すごく時間が掛かっちゃったんだ」

 熱海と黒川のことはあくまで友達として、性別も話さずに、全体をぼかしてじいちゃんとばあちゃんに話した。

 詳細も話していないので、本当にこんなことで伝わるのだろうかと思ったけれど、それでも少しは気が楽になった。じいちゃんの言った通りだったな。

 相槌を打ちながら俺の話をしっかりと聞いてくれた二人は、お互いに目配せして『どっちが話す?』とアイコンタクトを取っているようだった。

 そして、目と目の話し合いの結果、じいちゃんが何かを俺に伝えてくれるようで、俺の目を真っすぐ見る。

「どんなことがあったのかはわからんが、優介にとっても、その二人にとっても、きっととても辛いことがあったんじゃろう。苦しくて、どうしようもなくなるときもあるじゃろう」

 じいちゃんはそんな風に、のんびりとした口調で話し始めた。
 なんだか物語でも読んでいるかのような穏やかな声色だな。するりと言葉が頭に入ってくる。

「先に目を向けるとよい」

「……先に? 未来ってこと?」

「そうじゃ。優介は父親を亡くすという辛い出来事を体験しておる。じゃから、それがあるとなしで、何が違うのかがわかるじゃろう。もちろん、父親が生きておるに越したことはないがの……」

 父さんが生きていたら、違ったもの――ってことだよな。
 まず水泳をやろうとは思わなかっただろう。ライフセーバーも目指さなかっただろう。

 母さんは給料の良い場所へ転勤しなかったかもしれないし、となると中学も高校も別のところになっていたかもしれない。

 今友人である奴らとは、誰とも関わらなかっただろうな――そして何より、俺は溺れる熱海と出会わず、出会ったとしても俺は助けることができずに、彼女は命を落としていた可能性もあるってことか。

「いま優介が置かれている状況も、後になって振り返れば、すべて必要なことじゃった――そう思える日がきっとくるはずじゃ。そのためには、優介が悩み、真っ当に生きることが条件じゃがの」

 でなければ、ただただ後悔として記憶に残ることになるじゃろう――。

 じいちゃんは俺に向けてそう言うと、ばあちゃんに目を向ける。ばあちゃんは『合格』とでも言うようにじいちゃんを見ながら頷いていた。

 どうやら、二人とも俺に話したい内容は一致していたらしい。さすがは夫婦といったところか。

 悩み、真っ当に――か。

 であるとすれば、まず俺がしなければならないことは、アレだろうな。
 高校二年――彼女たちと出会った頃からの記憶を呼び起こし、自分がしでかした過ちを、彼女たちの傷を、しっかりと認識するところからだ。

 命を救わんとする俺が、人を傷つけてどうするんだって話だよな……本当に。

 父親の命を価値あるものに――父さんが俺の代わりに死んでからそうずっと考えていたけれど、今回ばかりは父さんのことは忘れさせてもらおう。きっと、父さんなら笑って許してくれるはず。

 他の誰でもない有馬優介が、有馬優介の意思を以て、彼女たちと向き合うのだ。