~~熱海道夏Side~~


 どうやら、恐れていた事態が起きてしまったようだ。
 ついに、陽菜乃にバレてしまったらしい。

 何が原因でそうなってしまったのかはわからないけれど、彼女の『ずっと気付いてあげられなくてごめんね』という文章を見た瞬間に、彼女の言いたいことを理解し、涙が出た。

 気付かれてしまったという申し訳なさと、あたしが抱えていた想いを知ってくれた嬉しさと、隠し通すことができなかった不甲斐なさ――様々な感情が襲い掛かってきた。

 陽菜乃にどのような怒りをぶつけられたとしても、受け入れよう。何かを言われたのなら、従おう。命を救ってくれた恩人に――そして大好きな親友をこんな目に遭わせた私は、本当に……最低だ。



 そして、翌日。

「――っ」

 昼過ぎにやってきた陽菜乃は、玄関であたしと顔を合わせるなり、力強く頬を叩いてきた。ビンタである。彼女に出会ってから、初めてこんな風に怒りをぶつけられた。

 ジンジンとした痛みが、彼女の想いを代弁するかのように熱を持つ。

「……ごめん、陽菜乃」

 顔を見てみると、陽菜乃は涙で頬を濡らしていた。ついさっき涙を流したという雰囲気ではなく、もしかすると泣きながらこの場にやってきたのではないかというぐらい、目は赤く充血していた。

 そしてその姿を見て、あたしも涙があふれてきた。

「ばか! 大ばか者だよ道夏ちゃんは! 大ばか! 大ばか! 本当に、ばか!」

 そんな風に叫びながら、彼女はあたしに抱き着いてきた。ばかばかばかと壊れた機械のように繰り返しながら、ワンワンとあたしの胸の中で泣いていた。

 初めて見る彼女の表情に、本当にあたしは馬鹿なことをしたんだという実感がわいてくる。

「っ、ごめん、ごめん――ね陽菜乃。ごめんね……」

 彼女と同じように、あたしも嗚咽交じりに謝罪を繰り返す。

 陽菜乃をぎゅっと抱きしめて、彼女の肩に顎を乗せて、あたしも泣いた。十分ぐらい、あたしたちは玄関でお互いを抱きしめて、泣き続けたのだった。


「ばか道夏ちゃん、なんで黙ってたの」

「それは……有馬の話を聞いたなら気付いてるでしょ? あたし、有馬のトラウマ作った張本人みたいなものだし、言えないわよ」

「ばかばかばかばかばかばかばか」

「……ごめんなさい」

「私に相談してくれたらよかったのに、なんで一人で抱え込んじゃったの」

「だって、もし陽菜乃に言ったら、きっとあたしの味方をしてくれるじゃない。あたしには、そんな資格無いもの」

「ばかばかばかばかばかばかばか」

「……ごめんなさい」

 場所は変わって、あたしの部屋。

 陽菜乃はベッドに座るあたしの膝に頭を乗せ――いわゆる膝枕の状態であたしを『ばかばか』と怒り続ける。あたしのために怒ってくれてるんだろうなぁと思いながら、頭を撫でた。

「もー……ずっと王子様大好き大好きだった道夏ちゃんが、有馬くんに惹かれたと思ってたけど、全然違うじゃん! ずっと王子様大好きなんじゃん!」

 あたしに頭をなでられながら、ムスッとした表情を浮かべる陽菜乃。

 陽菜乃はいま、あたしを恨んでいるだろうか。自分が告白した相手が、あたしがずっと好きだった人だと知って、それを隠していたということを知って。

 誰も幸せになれない、この恋愛関係を知ってしまって。

 いやしかし、あたしは有馬の告白を断った。だから、彼の想いが陽菜乃に傾くという可能性も十分ありうるのだ。だとすれば『誰も幸せになれない』というのは、早計かもしれない。

「私ね、有馬くんの話を聞いて、色々なことに気付いて、『こんなのみんな不幸だー』って思ってたの」

「……うん」

 どうやら、陽菜乃もあたしと同じことを考えていたようだ。あたしのせいで、こんなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。だけど、陽菜乃にはまだ可能性が――そう口を開きかけたのだけど、

「だけど、私はそんなの嫌だ。だから、道夏ちゃんは正直に有馬くんに話して、ちゃんと謝って。あとのことは、あとになって考えたらいいんだよ。それで道夏ちゃんと有馬くんが付き合うことになっても、絶対に文句を言ったりしないから」

「うん――うん? へ、は、はぁ!? だ、だからあたしは有馬に言うつもりなんてないわよ! こんなバカみたいなクソ女が有馬のこと好きなんて、言えるわけないじゃない!」

「ダメ。絶対に言って。言わなかったら、私が有馬くんに言ってやるもん。道夏ちゃんのお願いなんて聞いてあげない」

「え、えぇ……だってそんなの、陽菜乃の気持ちはどうなるのよ」

 最後のほうは相手に聞き取れるか聞き取れないくらいの小さな声になってしまった。だけど、彼女の耳にはきちんと届いていたようで、

「私のことはいいの! 私はもうきちんと、有馬くんに正直に想いを伝えたんだから! でも、隙があったら奪っちゃうんだからね? だって私、まだ有馬くんのこと諦めきれてないもん」

 別にあたしと有馬が付き合うことが確定したわけでもないのに……陽菜乃の頭で展開が先行しすぎている気がする。そもそも、あの事実を有馬が知ったとき、あたしのことを彼がどう思うのかは未知数だ。

 ――って、何をあたしは伝えることを前向きに検討しているんだ。あたしにそんな資格はない。有馬を傷つけたあたしは幸せになるべきでは――、

「自分が悪いと思ってるなら、ちゃんと謝らなきゃだめだよ! いまの道夏ちゃん、ただ逃げてるだけだ! 自分が悪いと思うなら、きちんと泥をかぶって、反省して、歩き出さないと! ずっと隠すとかダメだからね! 絶対に言う! わかった!?」

 彼女はあたしの太ももに頭を乗せたまま、ビシっと陽菜乃はあたしの頬を指さす。それから優しく、だけど音がする程度にぺちっとあたしの頬を叩いた。ぺちぺちと何度か叩いた。

「遅くとも、夏休み中にはちゃんと伝えること。新学期が始まったら、私が言うからね?」

「……せ、せめて二年生の間にとかは――「ダメ」――うぅ」

 いまさら、どんな顔をして有馬に伝えればいいというのか。

 私は有馬のことをずっと好きだったけど、トラウマの原因を作ったクソ女です。とでも言えばいいのだろうか。土下座して、頭でも踏んでもらったらいいのだろうか。

 いやいやその前に、まず私は有馬の告白を断っているのだから、とりあえず普通の関係に戻るところから始めないと……。

 とりあえず、今日のところは陽菜乃への謝罪を続けよう。有馬のことを考えるのは、それからでもきっと遅くないはずだから。