バレーの練習を終えたあと、美華と海鈴は並んで校舎へと戻っていた。

体育館の横を抜けて、階段を上がる途中――

「うわっ!」

美華の足がぐらりと揺れた。

部活後で足が疲れていたのと、靴紐が緩んでいたせいだ。
バランスを崩し、そのまま後ろへ倒れそうになる――

その瞬間だった。

「美華っ!」

海鈴の手が、美華の腕をぐっと掴んだ。
次の瞬間、強い力で引き寄せられる。

「――っ!」

気づけば、美華は海鈴の胸に倒れ込んでいた。
驚くほど近くに、彼の鼓動が聞こえる。

「……大丈夫?」

海鈴の声が、いつもより近くに感じた。

「ご、ごめん、ありが――」

顔を上げようとした、その時だった。

――ふわり。

何かが、頬に触れた。

一瞬の出来事だった。

「……え?」

美華は呆然とした。
海鈴の顔が、すぐ目の前にあった。

「……」

彼も、驚いたように目を見開いている。

ほんの一瞬――唇が触れたような気がした。

風が、静かに吹き抜ける。

茜色に染まった夕焼けが、二人の影を長く伸ばしていた。

「……ごめん」

ようやく海鈴が口を開いた。

「今の……事故だから」

「……じ、事故?」

美華は心臓の音を聞かれそうなくらいに、どきどきしていた。

海鈴はふっと視線を逸らす。

「そう、事故。……だから、気にしないで」

「……」

気にしないで、なんて無理だった。

頬に残る温もりも、彼の掴んだ手の感触も――全部。

美華は何か言おうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。

ただ、夕暮れの中で、海鈴の横顔だけがやけに鮮明に見えた。