君と過ごす最後の夏

「じゃあ、ちょっとだけね!」

美華は笑顔で言うと、倉庫からボールを取り出し、海鈴に渡した。
彼は少し戸惑ったようにボールを受け取り、掌でぽん、と軽く弾ませる。

「バレーやったことある?」

「……いや、体育の授業で少し触ったくらい」

「そっか! じゃあ、簡単なのからやろっか!」

美華は体育館の床に膝をつき、ボールを手のひらに乗せて見せた。

「まずは、パス! こうやって、腕をまっすぐ伸ばして——ほら!」

美華は軽くボールを弾き、ポン、ポン、ときれいなアンダーパスをしてみせる。

「やってみて!」

海鈴は少しだけ躊躇いながらも、美華の真似をして構えた。
しかし、ボールが手首に当たり、思うように飛ばない。

「……難しい」

「最初はみんなそうだよ! もう一回!」

美華は笑いながらもう一度ボールを渡した。
海鈴は今度は少しだけ慎重に、腕を合わせ、力を調整しながらパスをする。

ボールは、少し歪んだ軌道を描きながらも、美華のもとへ届いた。

「おお、いいじゃん!」

「……そう?」

「うん、初めてにしては上出来!」

美華は満面の笑みで親指を立てる。
海鈴はそんな彼女の様子をじっと見て、それからふっと小さく笑った。

それは、ほんの少しだけ柔らかい笑顔だった。

美華はその表情を見て、一瞬だけ息をのむ。
(あ、今ちょっと楽しそうだった……)

「ねえ、もうちょっとやってみる?」

思わずそう言うと、海鈴は少し考えてから——

「……うん」

小さく頷いた。

その返事に、美華は思わず嬉しくなった。
体育館に、またポン、ポン、とボールの弾む音が響く。

それは、ほんの短い時間だったけれど、
美華にとっては、どこか特別に思えた瞬間だった——。