君と過ごす最後の夏

 校舎を一通り案内したあと、美華は海鈴を部活動の見学に連れて行くことにした。

 「姫宮くんってさ、何か部活やる予定あるの?」

 「……いや、特に考えてない」

 「そっかー。だったら、いろいろ見てみるといいよ! うちの学校、結構種類多いからさ!」

 美華はそう言いながら、最初に軽音部の部室へ案内した。

 ドアを開けると、ギターやベースの音が響き、部員たちが自由にセッションしていた。
 美華は顔なじみの部員に軽く手を振ると、ちらりと海鈴の方を見た。

 「どう? 音楽とか好き?」

 海鈴は少しだけ考え込むように目を伏せ、それから首を横に振った。

 「……聴くのは好きだけど、やるのはたぶん向いてない」

 「そっか! じゃあ、次!」

 次に向かったのは美術部だった。
 部室には油絵やデッサンが並び、部員たちが真剣に筆を走らせている。

 「ここ、美術部! 絵とか描く?」

 「……昔は、少しだけ」

 「へえ! なんか意外!」

 美華がそう言うと、海鈴は少し困ったような顔をした。
 だけど、それ以上何かを言うことはなかった。

 その後も、海鈴をいくつかの部活に案内したが、彼が特に興味を示すことはなかった。

 「うーん、どこもピンとこない?」

 「……そうかも」

 「じゃあ、最後に私の部活、紹介しちゃおっかなー!」

 美華は得意げに笑うと、体育館へ向かった。

 そこでは、バレーボール部の部員たちがアップを終え、練習に入るところだった。
 詩音の姿も見える。

 「ここ、私が所属してるバレーボール部! うちの学校、結構強いんだよ!」

 美華はそう言いながら、部員たちに手を振った。
 すると、詩音がこちらに気づき、そっと近づいてきた。

 「美華……その人が転校生?」

 「そうそう! 姫宮海鈴くん! で、こっちが親友の雨宮詩音!」

 詩音は少しだけ視線を落としながら、控えめに「よろしく」と小さく頭を下げた。

 海鈴も同じように軽く頭を下げ、「……よろしく」と静かに返す。

 体育館では、部員たちがスパイクを打ち始めていた。
 その音が響く中、美華は得意げに笑いながら言った。

 「ね、姫宮くんもバレーやってみない? 体を動かすの、気持ちいいよ!」

 「……バレー?」

 海鈴が初めて少しだけ興味を示したような表情をした。

 「そう! ちょっとだけでもどう?」

 美華がそう誘うと、海鈴は一瞬だけ迷うように視線を落とし、それから小さく頷いた。

 「……少しだけなら」

 その返事に、美華は思わず「やった!」と声を弾ませた。
 だけど、このときの美華はまだ知らなかった。

 この瞬間が、二人の関係の始まりだったことを——。