君と過ごす最後の夏

 昼休み、担任の先生に呼び止められた美華は、思わず「えっ」と声を上げた。

 「え、私が姫宮くんの校内案内を?」

 「そうだ。お前、学級委員だろ? それに、姫宮の席も隣だし、話しやすいんじゃないか?」

 美華はちらりと海鈴の方を見る。
 彼は相変わらず無表情で、特に反応を見せるでもなく、ただ静かに先生の話を聞いていた。

 「うーん、まあ……いいですけど」

 断る理由もないし、それに、ちょっと気になっていた相手でもある。
 美華は軽く肩をすくめて、海鈴の方を向いた。

 「じゃあ、姫宮くん! さっそく行こっか!」

 明るく声をかけると、彼は少しだけ瞬きをして、それから小さく頷いた。

 「……うん」

 なんだか、返事まで静かだな。
 美華はそんなことを思いながら、校舎を歩き出した。

 「まず、職員室はこっちね! 先生に呼び出されることがあったら、ここに来れば大丈夫!」

 「……うん」

 「で、購買部は昼休みになるとめっちゃ混むから、買うなら早めに行った方がいいよ!」

 「……うん」

 「それから――」

 「……」

 美華が説明を続ける横で、海鈴は淡々とついてくるだけだった。
 返事はするものの、特に興味を示す様子もなく、ただ静かに歩いている。

 なんか、話しかけづらい……。

 美華は心の中で小さくため息をつく。
 でも、それと同時に、なんだか妙に気になってしまう自分もいた。

 (なんでだろ。普通、転校生ってもうちょっと「へえ!」とか「すごい!」とかリアクションするよね?)

 そう思いながら、そっと海鈴の横顔を盗み見る。
 彼はどこか遠くを見ているような目をしていた。

 (もしかして……ここに来たくなかったのかな?)

 美華はほんの少し、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。

 「ねえ、姫宮くんってさ、前の学校ではどんな感じだったの?」

 思わずそう尋ねると、海鈴はふと足を止めた。
 そして、美華の方をゆっくりと見る。

 「……あんまり、覚えてない」

 「え?」

 「いや……うまく言えないけど、なんか、もう遠いところみたいな感じ」

 そう言った彼の表情は、どこか寂しげだった。

 美華は一瞬、言葉に詰まる。
 だけど、すぐにいつもの調子で笑ってみせた。

 「そっか! じゃあ、ここでのことはちゃんと覚えられるようにしないとね!」

 そう言うと、海鈴は少しだけ目を見開いた。
 そして、ほんの少しだけ、口元を緩めた気がした。

 「……うん」

 それは、ほんのわずかだけど、確かに“笑った”ように見えた。

 美華の胸の奥が、小さく波打つ。

 (あれ……この人、笑うとこんな感じなんだ)

 それがなぜか、ひどく印象に残った。