君と過ごす最後の夏

 翌朝、蝉の声が響く教室に、ざわめきが広がった。

 「え、転校生って男の子だったんだ!」
 「なんか静かそうな雰囲気じゃない?」
 「姫宮って、どこの貴族だよ……」

 クラスメイトたちがひそひそと話すなか、美華は教室の後ろのドアへと視線を向けた。
 担任の先生が入ってきて、その後ろに一人の男子が続く。

 「えー、今日からこのクラスに転校してくる姫宮海鈴くんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」

 教室が一瞬、静まり返る。
 その空気を破ったのは、彼の落ち着いた声だった。

 「姫宮海鈴です。……よろしくお願いします」

 短い挨拶だった。
 でも、その声はどこか澄んでいて、聞く者の耳にすっと馴染んだ。

 美華は、ふと顔を上げる。
 海鈴の表情は淡々としていて、感情が読めない。
 けれど、不思議なことに冷たい印象はなかった。
 むしろ、どこか遠くを見ているような――そんな感じがした。

 「じゃあ、姫宮は……そうだな、美華の隣の席が空いてるな。佐原、美華、案内してやれ」

 「えっ、あ、はい!」

 不意に名前を呼ばれて、思わず背筋を伸ばす。
 ざわつくクラスメイトたちを横目に、美華は海鈴へと目を向けた。

 彼は無言のまま、すっと歩いてくる。
 軽やかな足取りなのに、どこか地に足がついていないような、不思議な雰囲気をまとっていた。

 「……よろしく」

 隣の席に座った海鈴が、小さくそう呟く。

 「うん、よろしくね!」

 美華はいつも通りの笑顔で返した。
 でも、その明るさとは裏腹に、胸の奥で小さな波紋が広がっていくのを感じていた。

 ――この人、やっぱりどこか不思議だ。

 そう思った瞬間、窓の外から強い風が吹き込んだ。
 カーテンが大きく揺れ、光がきらめく。
 まるで夏の訪れを告げるように。