君と過ごす最後の夏

海鈴が手術を受ける日が近づいてきた。
その日が来る度に、美華の胸の中に不安と恐れが積み重なっていった。
でも、どうしても避けて通ることができなかった。
海鈴がもしあの日言った通りに、もう会えなくなったら――

その夜、美華は決意した。

「私は、海鈴に最後の言葉を伝えたい」

手術の朝、病院へ向かう道のりが、どこまでも長く感じられた。
風が冷たく感じて、心の中が一層震える。
それでも、美華は歩みを止めなかった。
海鈴にもう一度、しっかりと伝えたいことがあったから。

病院に着くと、美華はすぐに海鈴の病室へ向かった。
途中、看護師に場所を尋ねると、手術が近づいていると言われた。
もうすぐ海鈴は、手術室に向かう。
美華は急ぎ足で病室に向かうと、病室のドアを開けた。

そこにいたのは、静かにベッドに横たわる海鈴だった。
その顔には少し疲れた様子が見えたけれど、彼は微笑みながら美華を見た。

「美華、来てくれたんだね」
海鈴はいつも通りの優しい声で言った。
でも、その目にはどこか覚悟を決めたような深い色があった。
美華はそれを見て、胸が締めつけられる。

「海鈴……」
美華は震える声を抑えながら、海鈴の元へ歩み寄った。
海鈴が少し体を起こそうとしたが、美華は優しく止める。

「無理しなくていいよ。今、話がしたいだけだから」
美華は海鈴の前に座り、顔を上げて言った。

「……手術、うまくいくよ。私は信じてる。海鈴が助かるって」
美華の声は震えていたが、決して弱くはなかった。
海鈴は黙ってその言葉を聞いていたが、少しだけ微笑んだ。

「ありがとう、美華。でも、もし……」
「もしも?」
美華はすぐに言葉をかぶせた。

「もしも、手術が失敗したら……」
「そんなこと、言わないで!」
美華は思わず強く言い返した。

「海鈴、お願い……そんなこと言わないでよ。私は、あなたが死んじゃうなんて、絶対に嫌だ」
美華の声が震え、涙がこぼれそうになる。
海鈴は静かにその涙を見つめて、少しだけ目を閉じた。

「美華……」
海鈴の声が小さくて、かすれている。
でも、その声に込められた思いが、美華の胸を強く打った。

「海鈴、お願い……私を置いて死なないで」
美華は必死に言葉を絞り出す。
その言葉が海鈴の耳に届いて、彼はゆっくりと目を開け、驚いたように美華を見た。

「美華……」
海鈴は静かに美華の手を握り、しっかりとした力で返す。

「君にそう言ってもらえるなら、どんなことがあっても、頑張ろうと思える」
その言葉に、美華は少しだけ安堵の表情を浮かべた。

「だから……」
海鈴は最後に微笑んで、目を閉じた。
その微笑みは、どこか儚くて、それでいて力強かった。
美華もその微笑みに応えるように、少しだけ顔をゆるめた。

「……行ってくるね。手術室に」
海鈴は静かに言った。

美華はその言葉を聞いて、思わず立ち上がった。

「海鈴……絶対に帰ってきてね。私、待ってるから」
美華はしっかりと海鈴の手を握り、強い声で言った。
その言葉が、海鈴に届いたことを確信しながら。

「うん、必ず帰ってくるよ」
海鈴は静かに言って、手術室に向かう準備を始めた。
美華はその背中を見つめながら、静かに祈った。

どんな結果が待っていようと、海鈴を信じている。
彼が戻ってきてくれると信じて、今はただ祈るしかなかった。

美華の心の中には、海鈴と過ごしたすべての瞬間が詰まっている。
そして、彼を失いたくないという気持ちが、今、どんな言葉よりも強く響いていた。