翌日、美華はいつも通り学校に行くものの、どこか心が落ち着かないままでいた。
海鈴が突然別れを告げたあの日から、胸の中には不安と痛みが渦巻いている。
それでも、何も変わらない日常が続いていくことが、逆に耐えられなくて…。

「美華、どうしたの？」
クラスメートが心配そうに声をかけてくるが、答える気力すら湧かなかった。

その日、海鈴が学校に来ていないことに気づいたのは、昼休みのことだった。
いつも一緒にランチを食べていたはずなのに、海鈴の姿はどこにも見当たらない。

「海鈴、今日はどうしたんだろう？」
美華は心の中で問いかけながら、窓の外を見つめた。
その視線の先には、晴れた空が広がっている。
でも、胸の中に広がる不安はどうしても消えない。

その日の午後、授業中に担任の先生が教室に入ってきた。
いつもと違って、先生の表情にはどこか重いものがあった。

「みんな、ちょっといいか？」
先生が静かに言い、教室がしんと静まり返った。

「実は、海鈴君のことなんだが、少しお知らせがある」
先生の言葉に、美華の心臓が大きく跳ねる。
その名前を聞いただけで、胸が締めつけられるような思いが湧き上がってくる。

「海鈴君は、昨日から入院している。おそらく、急な体調不良だと思うんだが……今は安静が必要な状態で、しばらく学校には来られない」
先生が静かに告げる。その言葉に、美華の手が震え始めた。

「しばらく来られないって……それって、どういうこと？」
美華は口をすぼめて声を抑えた。
どうして海鈴が入院したのか、何が起こったのか、心の中に湧き上がる疑問が押し寄せてくる。

「海鈴君は、実は……重い病気を抱えているんだ。皆さんには、まだ詳しいことは話せないけれど、しばらくは休養が必要だろうと思う」
先生は、わずかに言葉を濁す。その口調から、美華は何かを感じ取った。

「病気……」
その一言が、美華の頭の中で何度も繰り返された。
急に、海鈴がいなくなったことが恐ろしい意味を持っていることを、少しずつ実感し始める。

その後、美華は一人で教室を出て、校庭の片隅に座った。
手にしたスマホを見つめ、海鈴に連絡を取ろうとするが、なかなか指が動かない。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。あの夜、海鈴があんなことを言った意味が、今やっと理解できた気がした。

「海鈴……」
美華はつぶやきながら、空を見上げる。
その空は、あの日と同じように青く広がっている。
でも、海鈴の病気が進行しているのなら、この空の下で彼と一緒に過ごせる時間は、もう長くないのかもしれない。

その時、スマホが震えた。
画面には海鈴の名前が表示されていた。
急いで画面をタップし、電話を取る。

「海鈴？」
美華は少し震えながら、声を出した。

「……美華」
海鈴の声が、少し弱々しく聞こえる。その声を聞いただけで、美華の心は痛む。

「今、元気？」
美華はできるだけ明るく声を出そうとしたが、どうしても震えが止まらなかった。

「うん、大丈夫だよ。ただ、ちょっと休んでいるだけだから」
海鈴の声は少しだけかすれているが、それでもいつもの海鈴のような、優しい声だった。

「でも、学校には来られないんだよね？ どうして急に入院しちゃったの？」
美華はつい、素直な気持ちをぶつけてしまう。

「……実は、手術を受けることになったんだ」
海鈴の言葉に、美華は息を呑む。

「手術……成功率、3%だったよね？」
美華が震える声で言うと、海鈴はしばらく黙った後、ゆっくりと答えた。

「うん……でも、今はまだ何もわからない。ただ、君に心配かけたくなかったんだ」
海鈴の声が少しだけ震えて、涙が溢れそうな気がした。

「海鈴……」
美華はその言葉を聞いて、ただ黙って泣きそうになった。

「美華、僕が……もしもダメだったら、君には幸せになってほしい。君が僕に与えてくれた時間、本当に感謝している」
海鈴の声が、どこか切なくて、胸を締め付ける。

「そんなこと言わないで！ 私は海鈴と一緒にいたい！」
美華は必死に声をあげた。その声が震えて、涙が止まらない。

「美華……ごめん」
海鈴の声も震えている。
その後、電話は切れてしまった。

美華はその場に膝をつき、静かに泣き崩れた。
海鈴が手術を受けること、そしてその結果がどうなるかわからないこと。
その事実が、美華の心に深く突き刺さっていた。