君と過ごす最後の夏

放課後の帰り道とは違い、今日はゆっくりと時間をかけて駅まで歩いた。
いつもより少し高く感じる青空。吹き抜ける風は心なしか心地よく、頬をなでる。

「……緊張する……!」

スマホの画面に映る時刻を見る。約束の時間まで、あと十分。
約束の待ち合わせ場所は、公園の入り口前のベンチ。

「よしっ……!」

軽く頬を叩き、気合を入れて歩き出す。

***

公園の入り口にたどり着くと、すでに海鈴が待っていた。
白いシャツに薄いグレーのパーカー、そして黒のスラックス。
シンプルな服装だけど、すらりとした体に似合っていて、思わず見惚れてしまう。

「美華」

海鈴がこちらに気づき、手を軽く上げる。

「……ごめん、待った?」

「いや、俺も今来たところ」

そう言って、海鈴は微笑んだ。

「じゃあ、行こうか」

***

公園の中をゆっくり歩く。
夕日が木々の隙間から差し込み、オレンジ色の光が二人の影を伸ばす。

「この公園、来たことある?」

「ううん。こんな素敵な場所があるなんて知らなかった」

「そうか。俺、こういう静かな場所、好きなんだよな」

海鈴はそう言いながら、少し遠くを見つめる。
美華もその視線を追うように、ゆっくりと公園を見渡した。

広場では小さな子どもたちが遊び、芝生にはベンチに座る老夫婦。
池には鴨がのんびりと泳ぎ、風がそっと水面を揺らしている。

「……なんか、落ち着くね」

「だろ?」

海鈴が優しく微笑む。

しばらく二人でゆっくりと歩きながら、公園の奥にある小高い丘へ向かう。

***

「ここだよ」

丘の上にたどり着くと、視界が一気に開けた。

「……わあ」

思わず息をのむ。

目の前には、夕焼けに染まる街並み。
オレンジとピンクのグラデーションが空いっぱいに広がり、遠くのビルが影になって浮かび上がっている。

「すごい……きれい……」

「でしょ。ここ、俺のお気に入りの場所なんだ」

そう言って海鈴はベンチに腰を下ろした。

「美華も座れば?」

「う、うん」

並んで座ると、心臓の音が少しだけ速くなった気がした。

***

「……なんかさ」

沈黙を破ったのは海鈴だった。

「こうやって美華と一緒にいるの、すごく自然な感じがする」

「え?」

「最初に会った時から、なんとなく話しやすかったんだよな」

そう言いながら、海鈴は少しだけ遠くを見つめる。

「美華って、明るくて真っ直ぐで……俺にはないものをいっぱい持ってる」

「……そんなことないよ」

「あるよ。俺、美華みたいになりたいって思ったこと、何回もあるし」

「……海鈴……」

不意に胸が熱くなる。

「……俺、美華とこうしていられることがすごく嬉しいんだ」

夕焼けに照らされた横顔が、少しだけ切なげに見えた。

美華は、そっと自分の胸に手を当てる。

(私も……嬉しいよ)

でも、それを言葉にする勇気はまだなかった。

静かな風が吹く。

二人の間には、穏やかで、どこか優しい沈黙が流れていた。