君と過ごす最後の夏

カフェを出てからも、美華の心臓は落ち着かなかった。
海鈴と並んで歩くこの時間が、やけに特別に思えてしまう。

(……考えてる途中、なんて言ったけど)

正直、自分でもわかっていた。
「好き」なんだ、きっと。
だけど、その「好き」がどんな形なのか、はっきり言葉にできないだけで。

「なあ、美華」

海鈴が不意に立ち止まり、振り返った。
歩き慣れた道のはずなのに、夕焼けのオレンジが彼のシルエットをふわりと縁取って、見慣れたはずの姿がいつもと違って見える。

「ん?」

「今日、誘ってくれてありがとな」

「……さっきも言ってたじゃん」

「うん、でももう一回」

そう言って笑う顔が、なぜだかすごく眩しく感じた。

(ああ、もう)

その瞬間だった。
まるで、心の奥に隠していた蓋が外れるみたいに、感情が溢れ出す。
美華は一歩、二歩と後ずさった。

「美華?」

海鈴が怪訝そうに眉を寄せる。

(なんで……こんなにも)

何気ない仕草、何気ない言葉、何気ない笑顔。
そのどれもが、こんなにも自分を揺さぶる。

「――海鈴」

気づいたら、名前を呼んでいた。
彼がきょとんとする。

(私、もう……)

目をそらそうとしたのに、できなかった。
まるで磁石みたいに、彼の視線に引き寄せられてしまう。

(好きなんだ)

あっという間だった。
自分の気持ちに、言い訳する隙すらなかった。

「どうした?」

「……なんでもない」

必死に平静を装う。
けれど、頬が熱くて仕方がなかった。

海鈴は不思議そうに首をかしげる。

(これが恋なら、どうしよう)

もう戻れない――そう悟った瞬間、美華の鼓動はますます速くなった。