君と過ごす最後の夏

放課後の空は、茜色に染まっていた。

バレーボールの練習を終えた美華は、体育館の出口でゆっくりと伸びをする。
夏の夕暮れは少しだけ風が涼しくて、心地よかった。

「……はぁ、疲れた」

髪を後ろで束ね直しながら呟くと、ふと視線を感じた。

――海鈴だった。

体育館の前のベンチに座り、こちらをじっと見つめている。

「……なに?」

美華が首をかしげると、海鈴はゆっくりと立ち上がった。

「少し、話せる?」

「ん? いいけど……なに?」

「……ついてきて」

そう言って、海鈴は校舎の裏手へと歩き出した。
美華は首を傾げながらも、彼の後を追う。

この場所は、ちょうど西日が差し込んでいて、オレンジ色の光がふたりの影を長く伸ばしていた。

海鈴は、美華の方をまっすぐ見つめた。

「美華」

名前を呼ばれる。
その声音は、いつもより少しだけ低く、真剣だった。

「俺、お前のことが好きだ」

一瞬、時間が止まったような気がした。

「……え?」

美華は、思わず聞き返してしまう。

けれど、海鈴の表情は揺らがない。

「好きだ、美華」

夕陽の光が、彼の横顔をやわらかく照らしている。

「いつから……?」

美華の声は、自分でも驚くほど小さかった。

海鈴は、少しだけ目を伏せ、それから静かに口を開いた。

「最初は……ただ気になるやつだと思ってた」

「え?」

「お前、最初からすごく明るくて、でもただ元気なだけじゃなくて、周りをちゃんと見てるし……誰かのために頑張れるやつだろ」

「そ、そんなこと……」

「でも、それだけじゃない」

海鈴は、美華のスマホに視線を落とした。
そこには、彼が渡したストラップが揺れている。

「俺、お前のバレーしてる姿、初めて見たとき……すげぇなって思った」

「バレー?」

「真剣な目をしてた。仲間のことを信じて、全力でボールを追って……楽しそうだった」

海鈴の目が、美華をしっかりと捉える。

「その姿を見たとき……気づいたんだ。俺、お前のこと、好きなんだって」

胸の奥が、ぎゅっとなる。

こんなに真剣な海鈴を見るのは、初めてだった。

「だから……付き合ってほしい」

静かな声が、夏の風に溶けていく。

美華は――

「……」

何か言わなくちゃ、と思うのに、言葉が出てこない。

自分は、海鈴のことをどう思っているんだろう?

確かに彼のことは気になっていた。
最初はただ、転校生だからっていう興味だったかもしれない。

けれど、彼と関わるうちに、自然と目で追っている自分がいた。

優しいところ、ちょっと不器用なところ、意外と負けず嫌いなところ――

だけど、それが「好き」なのかどうかは、まだ分からない。

だから――

「……少し、考えさせて」

そう言うと、海鈴は驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。

「そっか。……待つよ」

「……ごめんね」

「謝るなよ。答えをちゃんと考えてくれるだけで、嬉しい」

その言葉に、また胸がぎゅっとなる。

海鈴は、変わらず優しく微笑んでいた。

美華は、その笑顔を見つめながら、そっと夕陽に目を細めた。

(私の気持ちって、なんなんだろ……)

オレンジ色の光が、二人の間に静かに落ちていった。