君と過ごす最後の夏

教室の扉の前に立つ海鈴を見て、美華の心臓がさらに跳ね上がる。

(な、なんで……!)

ざわめくクラスメイトたち。
その視線の中心にいるのは、間違いなく自分だった。

「佐原、美華」

海鈴はもう一度、美華の名前を呼ぶ。

その低くて落ち着いた声が、やけに耳に響いた。

美華は慌てて席を立ち、早足で教室を出る。

扉が閉まると、後ろからくすくすとした笑い声が聞こえた。
詩音が「頑張れ」と小さく囁くのが聞こえた気がする。

「……な、なに?」

美華は廊下に立つ海鈴を見上げる。

昨日のことを思い出して、自然と顔が熱くなる。

海鈴は、そんな美華の様子を見ても、特に表情を変えることなく――
ポケットから、小さな包みを取り出した。

「……これ」

差し出されたのは、小さくて四角い紙袋。
シンプルなラッピングだけど、どこか上品な雰囲気がある。

「……なに、これ?」

「昨日の、お詫び」

海鈴はそう言って、静かに美華の手にそれを乗せる。

「昨日……?」

一瞬、何のことか分からず、目を瞬かせる。
でも、すぐに昨日の出来事が脳裏に蘇った。

(ま、まさか……キスのこと!?)

「え、え、ちょっと待って、そんな、大げさなことじゃ――」

「事故とはいえ、嫌な気持ちにさせたかもしれないから」

淡々とした口調。
でも、その表情はどこか申し訳なさそうにも見えた。

美華は慌てて首を振る。

「べ、別に、嫌とかじゃないし!そ、それに、お詫びなんて……!」

「でも、渡したいから」

「えっ……」

まっすぐな瞳に射抜かれて、美華は言葉を詰まらせた。

「……開けてみて」

促されるままに、美華は震える指で紙袋を開く。

中から出てきたのは――

小さな、星型のストラップだった。

「……これ……」

「昨日、佐原のスマホに何もついてなかったから」

「え……」

「俺とおそろい」

そう言って、海鈴は自分のスマホを取り出した。

そこには、色違いの星型ストラップが揺れていた。

美華は、思わず息をのむ。

(おそろい……)

それは「事故」のお詫びのはずなのに、どうしてだろう。
心の奥が、じんわりと熱くなる。

「ありがとう、大事にするね」

美華がそう言うと、海鈴は小さく頷いた。

そして、少しだけ口元を緩めると――

「じゃあ、また後で」

そう言って、何事もなかったように教室へ戻っていった。

美華はその背中を呆然と見送りながら、
手のひらの中の小さな星を、ぎゅっと握りしめた。