君と過ごす最後の夏

次の日――

美華は朝からずっと、心が落ち着かなかった。

教室のざわめきも、黒板の文字も、先生の声も、何も頭に入ってこない。

(……気にするなって言われても、無理でしょ!)

頬に触れた、あの一瞬の出来事。
海鈴の、少し動揺した表情。

何度思い出しても、胸がざわつく。

「……美華?」

不意に、隣の席の詩音が小声で呼んだ。

「ん、なに?」

「さっきから全然、授業聞いてないでしょ?」

「……そ、そんなことないよ?」

「じゃあ、先生の今の質問、答えられる?」

「えっ……」

美華が固まったまま前を見ると、ちょうど先生とばっちり目が合った。

「佐原、今の問題、分かるか?」

「え、えっと……」

もちろん分かるはずもなく、美華は言葉に詰まる。
周りのクラスメイトからくすくすと笑いが漏れた。

「……次からはちゃんと聞いておくように」

先生が呆れたように言い、黒板に視線を戻す。

美華は小さく肩を落とした。

「……なにボーッとしてたの?」

詩音が、じっと美華を見つめる。

「別に、なんでもないってば」

美華は苦笑いでごまかした。

「ふーん……?」

詩音は少し疑わしそうな顔をしたが、それ以上は何も聞いてこなかった。

(……なんで、こんなに意識しちゃうんだろ)

ただの事故。
海鈴もそう言ってたし、美華だって分かってる。

でも――

(……顔、合わせづらいな)

そんなことを考えているうちに、休み時間のチャイムが鳴った。

そして、ちょうどそのタイミングで、教室の扉が開く。

「佐原、美華!」

よく通る、低めの声。

その場にいたクラスメイトたちの視線が、一斉に入り口へ向く。

美華も慌てて顔を上げると――

そこには、海鈴が立っていた。

「……!」

美華の心臓が、一気に跳ね上がった。