翌日、教室に行くとクラスの子が興奮気味に言った。
「ねぇねぇ、今日、転校生が来るんだって!」
クラスの子は「女の子かな?」「男子だったら良いな」などと、転校生の話で盛り上がっていた。
「珍しいね、もう四月の中旬なのに」
「なんか、色々事情があるんじゃない?」
「そっか〜」
転校生、どんな人だろう?仲良くなれると良いな〜なんて思っていると、朝のホームルームが始まった。
わいわいしていたみんなも自分の席につく。
担任の先生が言った。
「今日は転校生が来るぞー」
その言葉を待ってましたと言わんばかりにクラスが騒がしくなる。
「どんな子かな?」
「大人しい子だったら良いな」
「仲良くなりたいね〜」
ワイワイガヤガヤ。
先生が「入ってきて」と言えば、教室の扉が開いて数人の男の子が入ってきた。
「え・・・!?」
薄い布団に包まっている男の子に昭和くんと大正くん。布団に包まっているのは江戸くんだ。
「あ、美桜っち!!」
私を見付けてブンブン手を振る大正くん。私は目を合わせないように急いで教科書で顔を隠した。
「あれ?あと二人いるんだけど・・・」
先生が廊下を覗くと、耳をつんざく程の先生の悲鳴が聞こえた。
「ぎゃぁぁあぁ!!」
何事かと思い、廊下に目線をずらすと、ビックリ!廊下に土偶が大量に並べられていた。
(何でだろう・・・犯人が分かった気がする)
そして、驚いて腰を抜かした先生と男の子が二人、教室に入ってくる。私の予想は的中して、縄文くんと弥生くんだった。
弥生くんの左手には『はにわ』のマペット。
それから、自己紹介が始まった。
「初めまして!日ノ本すすきだよ!!好きな物はラジオ!」
「日ノ本ふきなんだぜー!」
「おいらは日ノ本心平だよ。稲作が得意だよ、こっちの子は『はにわ』って呼んでね」
「初めまして、僕は日ノ本楓。食べられる木の実とかキノコとか探すのと狩りが得意だよ」
弥生くんだけ身長が高い・・・。何センチなんだろうか?軽く百六十センチは超えている気がする・・・。他の四人はみんな私と同じくらい。江戸くんは猫背で布団を被っているから正確には分からないけど・・・。
「あの・・・自己紹介してくれるかな?あと、布団を被ってきちゃ駄目だ」
先生が江戸くんに話しかけるが、江戸くんは布団を被ったまま黙っている。私は、内心ひやひやしていた。昨日みたいにキツイことを言ってしまうんじゃないかって。
でも、江戸くんが口を開くことはなかった。最終的に自己紹介も弥生くんが「ごめんね、人見知りだから緊張してるのかも。この子は日ノ本光太郎。仲良くしてあげてね」と代弁することに。
名前の由来は平成くんが持っていた漫画から拝借したらしい。
どうして五人が転校生として来たのか分からなかった。
奈良さんも平安さんも鎌倉さんも南北朝くんも室町さんも戦国くんも安土桃山さんも明治さんだって、今朝家を出る時まで何も言ってくれなかった。古墳くんと飛鳥くんと平成くんの三人だけは何故かニヤニヤしていたけど・・・。
休み時間になると、五人の周りに人だかりが出来た。他クラスの子もやって来て、質問攻め。
「おーい、光太郎。かいーーー」
大正くんが全ての言葉を言い終わらないうちに、江戸くんはものすごい速さで布団に包まった。
驚いていると、弥生くんが耳打ちで教えてくれた。
「江戸は開国って言葉を聞くと条件反射で布団に包まってしまうんだ」
「開国・・・」
つまり、鎖国をやめて海外との貿易を再開させましょう!っていうことかな?
「うん、確か家に人参とジャガイモがあるから今日はカレーにしよ〜っと」
その日の放課後、家に帰ってきた私は夕食の支度を始めようとしたんだけど・・・・・・目の前には豪勢な料理の数々。
炊き立ての白ご飯に、醤油で味付けされた温かいすまし汁。主菜はほくほくとした白身魚の煮付けで、副菜には旬の野菜の和え物と、しっかりと味の染み込んでいそうな大根の煮物が付いている。
それに加え、器や盛り付けといった見栄えまで、しっかりと美しさを意識しているのが伝わり、ここは高級料亭かと錯覚してしまう程だった。
「おかえり、美桜ちゃん」
キッチンから現れたのは奈良さん。もしかして奈良さんが作ったのだろうか?
「あの・・・この料理は?」
「ん?ああ、これね。平安と鎌倉が『子供の仕事は勉学に励み、知識を身に付けること。年長者は子供達が勉学に励めるように環境を整えなければいけない』って言って、用意した結果」
「じゃあ、この料理は全て平安さんと鎌倉さんが?」
「いや、俺と平安。お兄さん、美桜ちゃんの為に頑張っちゃった」
「す、凄い・・・!」
その時、玄関のドアが開く音がして、四人の声が聞こえた。
「ただいまー」
「良い匂いするね」
「あ〜お腹空いたぁ〜」
「・・・ただいま」
リビングに入ってきたのは昭和くん以外の四人。昭和くんは何処に行ったのかな?
「昭和なら平成と家電良品店に行ったよ」いつの間にか弥生くんは制服姿から灰色のシャツに緑色のネクタイ姿に着替えていた。他のみんなも自分の部屋で着替えに行った。
「家電・・・?」
「うん。帰り道にね、平成くんと会ったんだ。それで、平成くんと一緒に家電良品店に寄ってくるって言って行っちゃった」
「平成くん、何処にでも出没するね」
昨日だって、夜の八時頃になって泥だらけになって現れた。私と平成くんの初顔合わせは全身泥だらけで初めましてなんだよね・・・。
「はぁ、あんな窮屈だけの代物、着る必要ある?」
段ボールハウスで制服を見ながら呟く江戸くん。
「あの・・・江戸くん」
「何、話しかけないでよ」
鋭い目付きで睨まれる。
「ご、ごめ・・・」
ごめん。つい謝ろうとした時、奈良さんは私の言葉を遮るように、
「あのさ、それは流石にないんじゃない?」
「奈良さんには関係ないだろ!」
「関係なくても、人が傷付けられているところを見てしまったら、流石のお兄さんでも止めるよ。まして相手は守るべき自国民じゃないか」
有無を言わさない声で言った。
「・・・何で、僕ばっかり」
「江戸。お前は少し頭を冷やした方が良い」
「・・・」
奈良さんに連れられて、江戸くんは二階に行ってしまう。
「美桜ちゃん。もうすぐしたらみんな帰ってくるから、それまで待ってようか」
「・・・うん」
弥生くんははにわのマペットで慰めてくれるが、沈んだ気持ちは上がってくれなかった。
(私のせいで江戸くんと奈良さんが喧嘩してしまって、どうしたら二人を仲直りさせれるかな・・・)
考えれば考える程、分からなくなってしまう。
「美桜ちゃんは優しいね。・・・おいらはそんな美桜ちゃんが好きだよ」
「・・・え?」
「どうしたの?」
弥生くんは私の顔を覗き込んできた。息が触れ合いそうな距離に、ドクドクと胸が早鐘を打つ。今、好きって・・・気のせいだよね?
「なになに?何かあったのー?」
着替え終わった大正くんが、ラジオを聞きながら話しかけてきた。私が知っているラジオより大きい、朝顔の花ような機械だった。
「大正くん、これラジオなの・・・?」
「そうだよ!耳に当てて聞くんだー!」
「へぇ!」
ラジオから伸びた耳当てを片方、私に渡す。
「聞いてみなよ、ラジオ」
そうすすめられるがまま、耳当てを近付けると微かに音楽が聞こえてきた。
「あ・・・聞こえる」
「でしょー!」
自分のことのように誇る大正くん。
すると、後ろから肩をポンッと叩かれた。振り返れば古墳くん。
「美桜ちゃん、僕の問題出すよー」
「ごめん古墳くん。問題はまた後で・・・」
「無理」
満面の笑みを浮かべている。
深緑色の長い髪を下ろした古墳くんが前触れもなく問題を出してくる。答えられなければ、それに関しての勉強会・・・。私は歴史が苦手だし、答えれる自信がないから毎回逃げようとするんだけど、古墳くんは逃がしてくれない。
「もれなく俺の問題もー付いて来る!」
「付いて来なくて良いよ・・・」
吹き抜けになった二階の柵に足をかけて、ぶら下がる南北朝くん。運動神経が良すぎて驚くけど、一日で慣れてしまった。
空中で宙返りして、見事に地面に着地。思わず拍手。
「では俺から問題。一三三四年、後醍醐(ごだいご)天皇を中心とする政治が行われました。それは一体、何と言うでしょうか」
・・・分からない。何とかの改政だったような・・・。
一生懸命頭を捻らせていると、「お前ら、飯食わねぇの?」と平成くんが聞いてきた。ナイス、平成くん!
「あー、もうご飯の時間だった?正解は『建武の新政』でも、武士のしきたりとか無視して天皇に権力が集中するように政策を行ったから、武士だけでなく農民や公家の人達まで怒って二年で崩れたけどね」
早口で答えと解説を言って、南北朝くんは席につく。まだ、奈良さんと江戸くんは降りてきていない。
(江戸くんと仲良くなりたいよ・・・どうしたら)
湯気の立つすまし汁を一口すする。
「・・・美味しい」
出汁が違うのかな?繊細で上品なカツオの香りが口の中から鼻へ抜けていく。
白身魚の煮付けや和え物、煮物も全て、味は薄すぎず濃すぎない丁度良い味付けで、何だか食べているこっちまで格式高くなった心地にされる。
でも、やっぱりみんなで食べる方が美味しい。江戸くんだって、きっとみんなと食べたら笑顔に・・・。
「で、昭和と平成は何を買ってきたんだ?」
鎌倉さんはリビングの片隅に置かれた段ボールを見て尋ねる。昭和くんは重そうに運んでいた。
「重かったんだぜ!」
「頑張れ男子中学生」
「中身は、たこ焼き器セット!焼肉用プレートも付いてる!!」
じゃーんと、平成くんがローテーブルに置いたのはたこ焼き器。
「おー!」
「念願の・・・」
「タコパが出来るじゃん。ナイス、平成」
「たこ焼きって何?」
「さー・・・?」
みんな、口々に感想を述べる。
お金の出所はアルバイトらしい。
「アルバイトしてたことに驚きなんだぜ」
「流石にお世話になってるからね」
「何の仕事ー?」
「家庭教師。時給が良いから」
「おぉ」