私たちにピリオドはいらない



 病院送りにしたことはあっても、自分が病院に来ることは滅多になかった。
 
「ののかぜさん」

 気付くとそこに桃瀬ちゃんが立っていた。
 もう店に連絡がいってしまったのだろうか。話が広まって、桃瀬ちゃんが来てくれたとか? プライベートでの付き合いはないのに、わざわざ来てくれるなんてさすが一番人気だ。

「ごめんなさい、あれ兄なんです」
「……え?」

 とはなんとか思っていたら、なぜか桃瀬ちゃんが頭を下げている。

「兄って……え、待って、誰が?」
「ええと、ピアスついた……一緒にここに運ばれてきた人で」

 ピアスと聞けば、すぐに思い浮かぶのは宇佐見のことだ。

「えっ!? 宇佐見の妹さんなの?」
「はい。似てないって昔からよく言われるんです」

 うん、確かに似ていない。宇佐見にこんな可愛い妹がいることも知らなかった。
 いや、あの自称ITの男の妹じゃなくて安心はしたけど。あいつはあいつで別の病院に連れて行かれたらしい。警察も一緒だから大丈夫そうだ。ちゃんとそれなりの罰が下ることを祈るしかない。
 桃瀬ちゃんは申し訳なさそうに私の隣に座った。

「少し前にコンカフェで働いているのが親にバレて。今すぐ辞めろって言われてたんですけど、私この仕事が好きだから反発しちゃって……そしたらお兄ちゃんが”俺が通う”って言ってくれたんです」
「……なるほど、それで通ってたんだ」

 宇佐見が頑なにお店に来る理由。それは妹を心配してのことだったのか。

「親からの心配も、私が辞めたくない気持ちも、お兄ちゃんがお客さんとして通ってくれたら少しは解決するんじゃないかってことで……。でも、家族が心配してバイト来てるって周りに知られたくなかったんです。なんか過保護過ぎるって思われるかなと思って」

 中にはそう思うキャストもいたとは思う。でも珍しい話でもない。
 私も別の理由で家族には話せなかったけど、そうやって秘密にしてる人が多い職種でもあると思う。

「じゃあ、桃瀬ちゃんを心配してずっと通ってたってわけか」
「あ、それは違います」

 即座に否定される。

「私を心配してたのは初日だけで。それからはずっとののかぜさんのために通ってたんだと思います」
「え……私?」

 なんでこんなタイミングで私の名前が出てくるんだ。

「今回の事件の犯人?みたいな人に、お兄ちゃんは初日で気付いたみたいで。ののかぜさんが心配だからしばらく通うって私に言ってました」

 妙に変なタイミングというか、ちょうどいいタイミングで現れるのはこのせいだったのか。

「お兄ちゃん、あんまり目立つの嫌いなんで、ああいうお店とか苦手だったと思うんです。でも、”楽しいよ”って言ってて。心配もあったと思うんですけど、ののぜかさんに会えるのも通う理由のひとつだったと今なら思うんですよ」
「楽しいなんて……」

 そんな接客を宇佐見にした覚えはない。それでも宇佐見が嘘をついてるようなところは想像できなかった。きっと、その楽しいは本当だったのかもしれない。

「……それならよかった。じゃあ宇佐見にはお大事にって伝えてくれるかな」

 待合室の椅子から立ち上がる。少し離れたところには宇佐見の病室が見えるけど、入る勇気はなかった。私のせいで怪我を負った宇佐見を見たくなかったのもあるし、申し訳ない気持ちも強かった。

「私より、ののかぜさんに会いたいと思います」
「え?」
「私だったら、そのほうが嬉しいから」

 桃瀬ちゃんは、とびきり可愛く笑うと、そのままくるりと回って遠ざかっていった。
 宇佐見に会いに来たというよりも、ここに一緒に運び込まれた私に会いに来てくれたらしい。兄妹揃って、こんな私に律儀な人たちだ。

「……本当に、嬉しいと思ってくれたらいいけど」

 宇佐見がいる病室の前で深呼吸をする。ノックをすると、かすかに声が聞こえた気がした。扉をスライドさせると、ベッドの上には適切な処置をされた宇佐見がこっちを見ていた。

「あ、佐山さん……大丈夫?」
「私より宇佐見でしょ。ボコボコにされてんじゃん」
「ごめん、かっこ悪いし……なんていうか、結局助けてもらう形になって」

 コンカフェの衣装で男に飛び蹴りを食らわせた。それは店長の耳にも届いているらしく電話したら「勇ましいねえ」と言われたばかりだ。

「助けてくれたのは宇佐見だし、それに、かっこ悪くもないよ」
「え?」
「逃げたくなるような場所から、宇佐見だけは逃げなかったじゃん」

 私を逃がそうと必死になってくれて。もし私だったら、大切な人を逃がすことができなかったかもしれない。

「……佐山さんだから」

 ぽつりと宇佐見が言った。

「あのお店で働く佐山さんがかっこいいって思ったから、俺も、好きな人を守れるようなかっこよさが欲しいって、……そう思って」
「……」
「アッ、その、結局はボコボコにされてるんだけど。佐山さんいなかったらもっとやられてたと思うし」

 今、なんかさらりと言われた気がしたけど。
 いや、なんだ。私が解釈したものとは違うのかも。好きな人を守れるようになりたいって思っただけ?

「ええと、……佐山さんは、明日からお店に戻るの?」
「さっきは呼び捨てだったじゃん」
「え?」
「佐山って」
「ッ! ご、ごめん! 必死で……あの、佐山さんで」
「戻らない」
「え?」

 話があっちこっち飛んで、宇佐見は明らかに戸惑っているような顔を見せた。

「お店には戻らない」
「……ごめん、約束破った。俺のせいだよね」
「別に宇佐見のせいじゃないから。あそこで可愛い格好をしなくても、別でやればいいかなって」
「違うお店に行くってこと?」
「ううん、宇佐見の前」

 本気でわからないって顔で宇佐見が何度も瞬きをしている。

「宇佐見は、私がどんな格好してても受け入れてくれるでしょ」
「そ、それはもちろん」
「だったら、好きな人の前でそういう格好したほうが絶対にいいじゃん」

 可愛い格好は、仕事だけのものだと思っていた。でもそうじゃない。普段の私を知っても──ううん、どんな私を知っても、それが私だと受け止めてくれる人がいることを知った。
 初めてバイト先で宇佐見と会ったとき。人生が終わったと本気で思った。
 でも──

「……私、この格好で宇佐見に会えてよかったよ」

 そう言ったら、宇佐見は一瞬泣きそうな顔をして、それからすぐにくしゃっと微笑んだ。

「俺も、佐山さんに会えてよかった」

 誰にも見られたくなかったこの姿を、宇佐見が見つけてくれた。
 これからは、どんな私も好きだと、そう思えるように宇佐見と過ごしていきたい。