「私、兄が三人もいるから、お下がりは当然男ものばかりで、そのことを不満に思うこともなかったんだけど」
もともと、おままごととか、着せ替え遊びとか、そういうことをすると家族から笑われた。兄たちの友達にもからかわれるような環境だった。
だから男勝りになるしかなくて、そうすることがいつしか当たり前になった。
「でも、街中で偶然コンカフェのキャスト見て、最高に可愛くて忘れられなかった」
ビラ配りをしてそのキャストは、私にティッシュを渡して「大きくなったら来てね」と微笑んでくれた。白とピンクの衣装が最高に似合っていた。心から可愛いと思ったし、私の世界にはないものが広がっていると思った。
可愛くなるための仕事があるなら、それは可愛い服を着るちゃんとした理由になるように思えた。しかもお金も稼げる。ちょうどよかった。あとは知り合いに見つからなければそれでいい。
実際に面接をするまでは不安だった。素の自分では受かるはずもない。だからできるだけ被れるだけの猫を被った。そのまま採用されて、衣装を選ぶことになり、街中で見かけたキャストさんに似た色を選んだ。
あの人が辞めてしまったということだけは残念だったけど、それでも順調にいっていた。
「だから、面倒なことも多いけど、楽しいことも同じぐらいあるよ」
なんて宇佐見に話したところで、別にどうなるってこともないんだけど。
「まあ、どうでもいいと思うけど──」
「ううん、納得した。だから佐山さんを見たとき、ものすごくかっこいいって思ったんだなって」
「かっこいいって、学校の私が?」
「そうじゃなくて、全力であのお店で働いてる佐山さんが」
そんなこと言われたことがない。
可愛いならまだわかるけど、かっこいいってなんだそれ。
「好きなものを本気でするって難しいし。馬鹿にされることもあるのに、佐山さんは真剣だったから」
「……好きなものでも、理由つけないとやってられないよ。そんなもんかっこよくもなんともないでしょ」
「どんな理由があってもいいよ」
宇佐見なんかにこんなことを言われるとは思わなかった。頼りないし、正直腹も立つのに。
「……宇佐見はなんでそんなにピアス開けてんの」
「え、男らしくなるためかな」
「なにそれ」
「女っぽいって言われること多くて」
「いいことじゃん。こっちからしたら羨ましいんだけど」
「……俺は、男らしくなりたかったから。それでピアスを開けたら変われるのかなって」
「変われた?」
「何個開けても変われなかった。俺はずっと弱いまま」
「……ふーん」
宇佐見のことは知らないし、確かに弱そうだとは思うけど──弱い人間だとしたら、さっき私を助けようとは思わなかったと思うけど。そんな言葉を飲み込んでお店に戻ろうとした。
「ののかぜちゃん」
ふと名前を呼ばれただけ。それなのに、背筋がぞくりとするような気味悪さがあった。私のこれまでの戦闘経験の中で、やばいと細胞が囁いてくる。
振り返れば、そこにはさっきお店にいた自称ITの男がいた。
「こんなところで男とサボってるの?」
顔は笑顔。でも目には怒りが満ちていた。
「だめだよ、お客とは一定の距離を保たないと。そいつ、この前が初来店でしょ? それなのに仲良さそうになにか話してたよね? 俺には見せてくれたことないような顔してたよ」
「……お店に戻りましょうか」
「ののかぜちゃん、俺は一回じっくり話し合う必要があると思ってたんだよ。特別扱いしてほしいわけじゃないけど、俺と同じような気持ちを持っていてほしかっただけなんだ。あそこに通うのだってお金がかかることぐらいわかってるよね? それなりの対価をののかぜちゃんは差し出すべきだと思うよ」
ああ、なんかやばい。
話が通じないようなところとか、一方的に詰めてくるところとか、なんか全部がまずい。タイミングも最悪だ。こんな男、普段だったら正直どうとでもなる。
でもこの姿で問題を起こして、それをネットにアップされたら? いろいろなところに迷惑がかかる。さすがにそれは避けたい。
「佐山さん?」
近くで宇佐見が心配そうにこっちを見ていた。とりあえず宇佐見だけは遠ざけたほうがいい。私は無言でこっちに来るなと訴えるように首を横に振った。
そのとき、宇佐見の目が見開かれた。
「佐山さん逃げて!」
咄嗟にしゃがみこむのと、宇佐見が駆け出したのは同時だった。
気付けば宇佐見が男を取り押さえている。
「逃げて、早く!」
男はナイフを持っていた。その刃が宇佐見へと向かっている。
なんでこんなことになってんの?
いや、今はそれどころじゃないっていうか、なんか考えないと。
大丈夫、今までも武器を持ってる相手ともやり合ったことがあるし、余裕で勝てた。
「宇佐見、あんたが逃げ──」
「いいから逃げろって!」
初めて宇佐見が声を荒げた。
「とにかくここから離れて! 俺がなんとかするから!」
宇佐見じゃ無理だって。そう言いたかったのに、私の手は震えていた。
あんな男、今まで何人も相手にしてきた。兄に比べたら手応えのない男ばかりだった。
でも、今目の前にいる男にはそもそも力が通用しない。何をしでかすかわからない相手を前にしたとき、本気で怖いと思った。
私がそう思ってるのに、宇佐見が怖いと思わないはずがない。
「佐山!」
呼ばれて、ハッとした。駆け出すようにその場を走り出す。
確かにここは逃げたほうがいい。そうに決まってる。じゃないと、きっと私はもうこんな可愛い格好なんてできなくなる気がした。きっとそうだ。私を守るためにも逃げたほうがいい。
そのとき後ろで大きな音がした。振り返れば宇佐見が殴られているのが見える。倒れ込んだ宇佐見はそれでもすぐに男の足へとしがみついた。
頭を靴でがんがんと蹴られているのに、宇佐見は決して男の足から離れようとはしなかった。
──やっぱり無理だ。
勢いよく方向転換して、私は男へと駆けだしていた。
もともと、おままごととか、着せ替え遊びとか、そういうことをすると家族から笑われた。兄たちの友達にもからかわれるような環境だった。
だから男勝りになるしかなくて、そうすることがいつしか当たり前になった。
「でも、街中で偶然コンカフェのキャスト見て、最高に可愛くて忘れられなかった」
ビラ配りをしてそのキャストは、私にティッシュを渡して「大きくなったら来てね」と微笑んでくれた。白とピンクの衣装が最高に似合っていた。心から可愛いと思ったし、私の世界にはないものが広がっていると思った。
可愛くなるための仕事があるなら、それは可愛い服を着るちゃんとした理由になるように思えた。しかもお金も稼げる。ちょうどよかった。あとは知り合いに見つからなければそれでいい。
実際に面接をするまでは不安だった。素の自分では受かるはずもない。だからできるだけ被れるだけの猫を被った。そのまま採用されて、衣装を選ぶことになり、街中で見かけたキャストさんに似た色を選んだ。
あの人が辞めてしまったということだけは残念だったけど、それでも順調にいっていた。
「だから、面倒なことも多いけど、楽しいことも同じぐらいあるよ」
なんて宇佐見に話したところで、別にどうなるってこともないんだけど。
「まあ、どうでもいいと思うけど──」
「ううん、納得した。だから佐山さんを見たとき、ものすごくかっこいいって思ったんだなって」
「かっこいいって、学校の私が?」
「そうじゃなくて、全力であのお店で働いてる佐山さんが」
そんなこと言われたことがない。
可愛いならまだわかるけど、かっこいいってなんだそれ。
「好きなものを本気でするって難しいし。馬鹿にされることもあるのに、佐山さんは真剣だったから」
「……好きなものでも、理由つけないとやってられないよ。そんなもんかっこよくもなんともないでしょ」
「どんな理由があってもいいよ」
宇佐見なんかにこんなことを言われるとは思わなかった。頼りないし、正直腹も立つのに。
「……宇佐見はなんでそんなにピアス開けてんの」
「え、男らしくなるためかな」
「なにそれ」
「女っぽいって言われること多くて」
「いいことじゃん。こっちからしたら羨ましいんだけど」
「……俺は、男らしくなりたかったから。それでピアスを開けたら変われるのかなって」
「変われた?」
「何個開けても変われなかった。俺はずっと弱いまま」
「……ふーん」
宇佐見のことは知らないし、確かに弱そうだとは思うけど──弱い人間だとしたら、さっき私を助けようとは思わなかったと思うけど。そんな言葉を飲み込んでお店に戻ろうとした。
「ののかぜちゃん」
ふと名前を呼ばれただけ。それなのに、背筋がぞくりとするような気味悪さがあった。私のこれまでの戦闘経験の中で、やばいと細胞が囁いてくる。
振り返れば、そこにはさっきお店にいた自称ITの男がいた。
「こんなところで男とサボってるの?」
顔は笑顔。でも目には怒りが満ちていた。
「だめだよ、お客とは一定の距離を保たないと。そいつ、この前が初来店でしょ? それなのに仲良さそうになにか話してたよね? 俺には見せてくれたことないような顔してたよ」
「……お店に戻りましょうか」
「ののかぜちゃん、俺は一回じっくり話し合う必要があると思ってたんだよ。特別扱いしてほしいわけじゃないけど、俺と同じような気持ちを持っていてほしかっただけなんだ。あそこに通うのだってお金がかかることぐらいわかってるよね? それなりの対価をののかぜちゃんは差し出すべきだと思うよ」
ああ、なんかやばい。
話が通じないようなところとか、一方的に詰めてくるところとか、なんか全部がまずい。タイミングも最悪だ。こんな男、普段だったら正直どうとでもなる。
でもこの姿で問題を起こして、それをネットにアップされたら? いろいろなところに迷惑がかかる。さすがにそれは避けたい。
「佐山さん?」
近くで宇佐見が心配そうにこっちを見ていた。とりあえず宇佐見だけは遠ざけたほうがいい。私は無言でこっちに来るなと訴えるように首を横に振った。
そのとき、宇佐見の目が見開かれた。
「佐山さん逃げて!」
咄嗟にしゃがみこむのと、宇佐見が駆け出したのは同時だった。
気付けば宇佐見が男を取り押さえている。
「逃げて、早く!」
男はナイフを持っていた。その刃が宇佐見へと向かっている。
なんでこんなことになってんの?
いや、今はそれどころじゃないっていうか、なんか考えないと。
大丈夫、今までも武器を持ってる相手ともやり合ったことがあるし、余裕で勝てた。
「宇佐見、あんたが逃げ──」
「いいから逃げろって!」
初めて宇佐見が声を荒げた。
「とにかくここから離れて! 俺がなんとかするから!」
宇佐見じゃ無理だって。そう言いたかったのに、私の手は震えていた。
あんな男、今まで何人も相手にしてきた。兄に比べたら手応えのない男ばかりだった。
でも、今目の前にいる男にはそもそも力が通用しない。何をしでかすかわからない相手を前にしたとき、本気で怖いと思った。
私がそう思ってるのに、宇佐見が怖いと思わないはずがない。
「佐山!」
呼ばれて、ハッとした。駆け出すようにその場を走り出す。
確かにここは逃げたほうがいい。そうに決まってる。じゃないと、きっと私はもうこんな可愛い格好なんてできなくなる気がした。きっとそうだ。私を守るためにも逃げたほうがいい。
そのとき後ろで大きな音がした。振り返れば宇佐見が殴られているのが見える。倒れ込んだ宇佐見はそれでもすぐに男の足へとしがみついた。
頭を靴でがんがんと蹴られているのに、宇佐見は決して男の足から離れようとはしなかった。
──やっぱり無理だ。
勢いよく方向転換して、私は男へと駆けだしていた。



