*
翌朝、学校の門の前で待っていたら宇佐見が現れた。
もっさりとした髪で顔を隠しているけど、あれはやはり宇佐見だ。今まで気付かなかったけど、耳の横の髪が風で動くことはない。もしかしたらスプレーで固めてピアスが見えないようにしているのかもしれない。
その宇佐見が、あろうことか私の前を素通りするので、思いっきり肩を掴んだ。
「えっ」
心底驚いたような顔をしている。私にっていうよりも、誰かに声をかけられたことにびっくりしたような反応だった。
「えっ、ってどう考えてもこっちのセリフじゃない? 今、私のことスルーしようとしたよな?」
「い、いやいや! そんなつもりはなくて、まさか佐山さんが俺のことを待ってるなんて思わなかったっていうか」
「待ってない。でも話があるからちょっと付き合えよ」
話を切り出した私の横を「カツアゲだ」「逃げた方がいいって」などと囁き声が聞こえてくる。そういう声を向けられることが当たり前になって舌打ちをする。
私を見れば「佐山兄弟の妹だ」と言われ、腫れ物に触れることさえしない。
校舎裏へと連れ込めば、宇佐見は「ここは初めて来た」と興味深そうに辺りを見渡していた。昨日から思っていたことだけど、私に対していろんな意味で気を使ってこない。大体は怖がられるか、喧嘩になるかの二択なのに。
「とりあえず、お店のことも私のこともSNSに呟かなかったことは合格」
「え、佐山さん、俺のアカウントよくわかったね」
ご丁寧にフルネームで登録している奴がむしろ宇佐見ぐらいだった。むしろなんでフルネームにしてんのか謎だ。
「まあ宇佐見のアカウントも、それからそれらしい呟きをするアカウントも夜通しチェックした。鍵がついてたら別問題だけど、そういうアカウントって持ってなさそうだし」
「うん、佐山さんが見つけてくれたアカウントしか持ってない」
「……あっそ」
おかげでこっちは寝不足だ。
「でも、佐山さんのことはなにも呟いてないっていうか。SNSに関しては、ただ好きなバンドの情報を追いたくて作っただけのアカウントで」
宇佐見の言ってることは本当なんだと思う。自分の呟きよりも引用とか、たまにプレゼントキャンペーンとかに応募してたりとか。プライベートの情報はひとつもなかった。
「もう一回聞くけど、私のバイト先には今後来ることがあるの?」
「ある……と思う」
「なんでそんな曖昧なの」
「その、これからどうなるかわからないし。俺からはなんとも言えないところもあって」
「興味ある子でも働いてたわけ?」
興味……と呟いてから「そういうことになるとは思う」などといった、これまたハッキリしない答えが返ってくる。ハイかイイエで答えてほしい。
「じゃあお客として来るってことね?」
「うん」
「私に迷惑をかけることもない?」
「ないない」
「私があの店を辞めることになったら?」
「ええと、それはどういう理由で……?」
「今後、宇佐見があの店に通うようになった影響で、ゆくゆくはそういう結果になったらってこと」
もしかしたら、宇佐見がどこかでぽろっと誰かに話したとして。面白半分で学校の人たちがあの店に来るってこともなくはない。
盗撮とかされて、それをネットにアップされたら。目の前の人間をどうにかすることはできるけど、ネットで拡散でもされたら、さすがに私でもどうにもできない。
宇佐見はしばらく考えているようだったけど「ならないようにする」とだけ答えた。
正直不安でしかない。
「……じゃあ約束して。私があの店で働いてることは誰にも言わないこと。迷惑をかけないこと」
「わかった、約束する」
即答してくるけど、本当に守られる約束なんだろうか。不安でしょうがない。
ただ、害はなさそうだなと判断するには充分だった。宇佐見が私のことを誰かに話すことはないと思う。わからないけど。
最初から言ってるけど、宇佐見はいつもひとりだ。誰かと一緒にいることはないから、言いふらすことはないと断言してもいいのかもしれない。
「あの、佐山さんはどうしてあのお店で働いてるの?」
話は終わったとばかりに校舎へと入ろうとすれば、後ろから遠慮がちに聞いてくる声がした。振り返れば、やっぱり昨日とは別人のような冴えない宇佐見がいる。
「聞いてどうするの?」
「え……」
「私があの店で働いていることを、宇佐見が知る必要があるのかって聞いたんだけど」
別に隠すような話でもないのに。悪態をつくように宇佐見へと冷たくする。そうすれば、「ごめん」と小さく謝る声が聞こえる。宇佐見は何も悪いことはしていない。
「……気になって。あそこで働いてる人たちが、何を考えているのか」
なんだそれ。何を考えているのかなんて、そんなのは人それぞれでしょ。
無視して歩きかけて、立ち止まった。
振り返れば、宇佐見は諦めることなく私を見ていた。
気が弱そうとか思ってたけど、店に来るなと言われて断ったり、今でも人に聞きずらいことを聞いてくるあたり、変なところで度胸がある。
宇佐見ってこういう奴だっけ。
「……関係ないでしょ」
翌朝、学校の門の前で待っていたら宇佐見が現れた。
もっさりとした髪で顔を隠しているけど、あれはやはり宇佐見だ。今まで気付かなかったけど、耳の横の髪が風で動くことはない。もしかしたらスプレーで固めてピアスが見えないようにしているのかもしれない。
その宇佐見が、あろうことか私の前を素通りするので、思いっきり肩を掴んだ。
「えっ」
心底驚いたような顔をしている。私にっていうよりも、誰かに声をかけられたことにびっくりしたような反応だった。
「えっ、ってどう考えてもこっちのセリフじゃない? 今、私のことスルーしようとしたよな?」
「い、いやいや! そんなつもりはなくて、まさか佐山さんが俺のことを待ってるなんて思わなかったっていうか」
「待ってない。でも話があるからちょっと付き合えよ」
話を切り出した私の横を「カツアゲだ」「逃げた方がいいって」などと囁き声が聞こえてくる。そういう声を向けられることが当たり前になって舌打ちをする。
私を見れば「佐山兄弟の妹だ」と言われ、腫れ物に触れることさえしない。
校舎裏へと連れ込めば、宇佐見は「ここは初めて来た」と興味深そうに辺りを見渡していた。昨日から思っていたことだけど、私に対していろんな意味で気を使ってこない。大体は怖がられるか、喧嘩になるかの二択なのに。
「とりあえず、お店のことも私のこともSNSに呟かなかったことは合格」
「え、佐山さん、俺のアカウントよくわかったね」
ご丁寧にフルネームで登録している奴がむしろ宇佐見ぐらいだった。むしろなんでフルネームにしてんのか謎だ。
「まあ宇佐見のアカウントも、それからそれらしい呟きをするアカウントも夜通しチェックした。鍵がついてたら別問題だけど、そういうアカウントって持ってなさそうだし」
「うん、佐山さんが見つけてくれたアカウントしか持ってない」
「……あっそ」
おかげでこっちは寝不足だ。
「でも、佐山さんのことはなにも呟いてないっていうか。SNSに関しては、ただ好きなバンドの情報を追いたくて作っただけのアカウントで」
宇佐見の言ってることは本当なんだと思う。自分の呟きよりも引用とか、たまにプレゼントキャンペーンとかに応募してたりとか。プライベートの情報はひとつもなかった。
「もう一回聞くけど、私のバイト先には今後来ることがあるの?」
「ある……と思う」
「なんでそんな曖昧なの」
「その、これからどうなるかわからないし。俺からはなんとも言えないところもあって」
「興味ある子でも働いてたわけ?」
興味……と呟いてから「そういうことになるとは思う」などといった、これまたハッキリしない答えが返ってくる。ハイかイイエで答えてほしい。
「じゃあお客として来るってことね?」
「うん」
「私に迷惑をかけることもない?」
「ないない」
「私があの店を辞めることになったら?」
「ええと、それはどういう理由で……?」
「今後、宇佐見があの店に通うようになった影響で、ゆくゆくはそういう結果になったらってこと」
もしかしたら、宇佐見がどこかでぽろっと誰かに話したとして。面白半分で学校の人たちがあの店に来るってこともなくはない。
盗撮とかされて、それをネットにアップされたら。目の前の人間をどうにかすることはできるけど、ネットで拡散でもされたら、さすがに私でもどうにもできない。
宇佐見はしばらく考えているようだったけど「ならないようにする」とだけ答えた。
正直不安でしかない。
「……じゃあ約束して。私があの店で働いてることは誰にも言わないこと。迷惑をかけないこと」
「わかった、約束する」
即答してくるけど、本当に守られる約束なんだろうか。不安でしょうがない。
ただ、害はなさそうだなと判断するには充分だった。宇佐見が私のことを誰かに話すことはないと思う。わからないけど。
最初から言ってるけど、宇佐見はいつもひとりだ。誰かと一緒にいることはないから、言いふらすことはないと断言してもいいのかもしれない。
「あの、佐山さんはどうしてあのお店で働いてるの?」
話は終わったとばかりに校舎へと入ろうとすれば、後ろから遠慮がちに聞いてくる声がした。振り返れば、やっぱり昨日とは別人のような冴えない宇佐見がいる。
「聞いてどうするの?」
「え……」
「私があの店で働いていることを、宇佐見が知る必要があるのかって聞いたんだけど」
別に隠すような話でもないのに。悪態をつくように宇佐見へと冷たくする。そうすれば、「ごめん」と小さく謝る声が聞こえる。宇佐見は何も悪いことはしていない。
「……気になって。あそこで働いてる人たちが、何を考えているのか」
なんだそれ。何を考えているのかなんて、そんなのは人それぞれでしょ。
無視して歩きかけて、立ち止まった。
振り返れば、宇佐見は諦めることなく私を見ていた。
気が弱そうとか思ってたけど、店に来るなと言われて断ったり、今でも人に聞きずらいことを聞いてくるあたり、変なところで度胸がある。
宇佐見ってこういう奴だっけ。
「……関係ないでしょ」



