──人生で一番、最高に見られたくない瞬間だった。
「佐山さん……?」
今まで築き上げてきたものが壊れていく音が聞こえる。
「……は? 宇佐見?」
「あ、やっぱりそうだよね。よかった、人違いかと思って」
「いや、それより、なんで……っ、なんでここにいるんだよ!?」
つい普段モードになり、慌てて周囲を確認する。幸いにもこちらに意識を向けた人間がいないことに安堵して、宇佐見であろう人間をもう一度見る。
どれだけ穴開けてんだとツッコミたくなるほどの大量のピアス。もっさりとしていた髪はスッキリとハーフアップにまとめられている。それでもって普段のメガネはどうした。私が知ってる高校の同級生の男は冴えないしパッともしない。
まだ「双子です」と言われたほうがしっくりくるんじゃないか。誰だ、こいつ。
「佐山さん、ここで働いてるんだ?」
「誰のことですかねえ。ケチャップで描くハートは何個にしますかー?」
保て、ここでの店員としての意地を。話はそのあとだ。
とはいえ、ケチャップを絞り出す手がいつもよりも震えている。ハートを描いたつもりが、赤い化け物が誕生した。
ついさっき、「くまたんオムライスでーす♡」などと口にした時間を根こそぎなかったことにしたい。いくらバイト先の商品名とはいえ、それは私という人間を知らないからこそ言えたわけで、宇佐見が相手ともなれば「ただのオムライスです」と言っていた。
けれど、お互いが確認し合わないと確信が持てなかったのは、「萌え萌えビーム」などという言葉が平気で出てくるこの環境のせいだろう。
メイド喫茶をコンセプトにしたコンカフェに、お客として座っている宇佐見は、普段教室で見かけるよりもずいぶんと印象が違った。いつもは髪で隠していたらしいが、見ていると痛々しいとしか言えないピアスがぎらついている。
向こうも同じことを思っているだろう。店員として立つクラスメイトが、メイド服に近い衣装を着ているのだから。
「あの、佐山さん──」
「お客様、お話しませんかー?」
ここは割とフランクだから、お客のことを「ご主人様」と呼ばなければいけないルールはない。だからといって頼まれても、死んでも宇佐見を「ご主人様」などと呼ぶこともない。なんとか笑顔を保ちながらも、血管はぶち切れそうだった。
「このこと誰かに言ったら殺すぞ?」
店の裏。狭い路地裏に宇佐見を連れ込み、壁に叩きつける。
「佐山さんだ。ごめん、また自信なくなって」
「は?」
「学校での雰囲気とは違ったから」
この期に及んで照れたようにこめかみを掻く男に、一発殴ってやろうかと思った。そのほうが手っ取り早い。今までもそうやって解決したことのほうが圧倒的に多い。
昔から目つきが悪いという理由で喧嘩を売られることが多かった。おまけに地毛が明るいだけで「調子にのってる」と因縁もつけられることだって数えたらキリがない。
とはいっても、女が直接殴ってくることはない。こそこそと話してるから、それが腹立って声をかけたら、勇ましい女はかかってくるし、度胸のない人間は怖くなって逃げていく。
こんな性格になったのも、何事も力業で片付ける兄たち三人に鍛えられたからだ。取っ組み合いの喧嘩をするようになってからはますます鍛えられた結果が今だ。
そんな兄たちを持ち、おまけにこんな性格だから友達もろくにできなかった。
それは目の前にいる宇佐見も同じだ。
いつも教室で自分の席から動かず、ほとんどスマホを見て過ごしている。言ってしまえば地味なクラスメイト。関わることなんてないと思っていた。
高三で同じクラスにはなったけど、名前以外は何も知らない。それなのになぜこの男がいるのか。
「佐山さん……?」
今まで築き上げてきたものが壊れていく音が聞こえる。
「……は? 宇佐見?」
「あ、やっぱりそうだよね。よかった、人違いかと思って」
「いや、それより、なんで……っ、なんでここにいるんだよ!?」
つい普段モードになり、慌てて周囲を確認する。幸いにもこちらに意識を向けた人間がいないことに安堵して、宇佐見であろう人間をもう一度見る。
どれだけ穴開けてんだとツッコミたくなるほどの大量のピアス。もっさりとしていた髪はスッキリとハーフアップにまとめられている。それでもって普段のメガネはどうした。私が知ってる高校の同級生の男は冴えないしパッともしない。
まだ「双子です」と言われたほうがしっくりくるんじゃないか。誰だ、こいつ。
「佐山さん、ここで働いてるんだ?」
「誰のことですかねえ。ケチャップで描くハートは何個にしますかー?」
保て、ここでの店員としての意地を。話はそのあとだ。
とはいえ、ケチャップを絞り出す手がいつもよりも震えている。ハートを描いたつもりが、赤い化け物が誕生した。
ついさっき、「くまたんオムライスでーす♡」などと口にした時間を根こそぎなかったことにしたい。いくらバイト先の商品名とはいえ、それは私という人間を知らないからこそ言えたわけで、宇佐見が相手ともなれば「ただのオムライスです」と言っていた。
けれど、お互いが確認し合わないと確信が持てなかったのは、「萌え萌えビーム」などという言葉が平気で出てくるこの環境のせいだろう。
メイド喫茶をコンセプトにしたコンカフェに、お客として座っている宇佐見は、普段教室で見かけるよりもずいぶんと印象が違った。いつもは髪で隠していたらしいが、見ていると痛々しいとしか言えないピアスがぎらついている。
向こうも同じことを思っているだろう。店員として立つクラスメイトが、メイド服に近い衣装を着ているのだから。
「あの、佐山さん──」
「お客様、お話しませんかー?」
ここは割とフランクだから、お客のことを「ご主人様」と呼ばなければいけないルールはない。だからといって頼まれても、死んでも宇佐見を「ご主人様」などと呼ぶこともない。なんとか笑顔を保ちながらも、血管はぶち切れそうだった。
「このこと誰かに言ったら殺すぞ?」
店の裏。狭い路地裏に宇佐見を連れ込み、壁に叩きつける。
「佐山さんだ。ごめん、また自信なくなって」
「は?」
「学校での雰囲気とは違ったから」
この期に及んで照れたようにこめかみを掻く男に、一発殴ってやろうかと思った。そのほうが手っ取り早い。今までもそうやって解決したことのほうが圧倒的に多い。
昔から目つきが悪いという理由で喧嘩を売られることが多かった。おまけに地毛が明るいだけで「調子にのってる」と因縁もつけられることだって数えたらキリがない。
とはいっても、女が直接殴ってくることはない。こそこそと話してるから、それが腹立って声をかけたら、勇ましい女はかかってくるし、度胸のない人間は怖くなって逃げていく。
こんな性格になったのも、何事も力業で片付ける兄たち三人に鍛えられたからだ。取っ組み合いの喧嘩をするようになってからはますます鍛えられた結果が今だ。
そんな兄たちを持ち、おまけにこんな性格だから友達もろくにできなかった。
それは目の前にいる宇佐見も同じだ。
いつも教室で自分の席から動かず、ほとんどスマホを見て過ごしている。言ってしまえば地味なクラスメイト。関わることなんてないと思っていた。
高三で同じクラスにはなったけど、名前以外は何も知らない。それなのになぜこの男がいるのか。



