週明け、月曜三時間目の英語上級クラスの時間に再び設楽と会った。どう接すればいいのかわからなかった。金曜日のことは私たち二人だけの秘密。でも、完全無視というのもおかしい。
「おはよ」
「おっす」
お互いに小さな声で挨拶をする。相変わらず学校での設楽はぼーっとした顔をしている。バスケの時とは完全に別人だ。
授業が始まると、いつもは隣の席で爆睡しているが、今日は机の下でこっそりスマホで漫画を読んでいた。私の視線に気づいたのか、設楽はちらっと私の方を見るとノートの隅に何かを書いて、シャーペンで指さした。
「瀬川さん、暇?」
だらしない雰囲気からは想像もつかないほど綺麗な字だった。
「暇じゃないよ、授業聞いてる」
私もノートの隅に書いて返信する。
「じゃ、授業聞きながらでいいから絵しりとりしよ」
そう書いた後に、設楽は「しりとり」と書いて矢印のあとにリスの絵を描いた。妙に可愛い絵柄でご丁寧に吹き出しをつけて「あそぼ」とまで言わせている。しかし、今は授業中だ。
「しません」
「しりとりなんだからリスの次は“する”じゃない?」
私の塩対応にめげず、設楽が筆談を続ける。設楽には授業を真面目に聞くと言う選択肢がないのだろうか。
「今日放課後空いてる? またサークル来てよ」
思わず口角が上がる。設楽にまたあの場所に連れて行ってほしい、というかあのサークルに入れてほしい。それほどに先週は楽しかった。私から頼むのも図々しいような気がしていたから、設楽が誘ってくれるのは願ったり叶ったりだ。
「行きたい」
私がそうノートに書いて答えると設楽はリスから矢印を伸ばしてスズメを描いた。見ているだけで脱力しそうな絵柄だ。そこに「げんちしゅーごー」と間の抜けた平仮名のセリフが書き足された。
「というわけで絵しりとりしよ」
「しない。授業中!」
懲りない設楽だったが、私がまた断ると、今度はスズメから矢印を伸ばしてメガネザルの絵を描いた。今度はちょっと怒った顔のイラストで、ご丁寧に怒りマークまでついている。吹き出しに「ケチ」という言葉を書き残し、設楽はふてくされたように突っ伏して寝始めた。
こうして誰かと授業中に筆談をするのは初めてだ。結構楽しいものだな、と気づいた。授業中ずっと絵しりとりにいそしんでいては成績が落ちてしまうけれど、たまにはこういうのも悪くないと思った。
放課後までずっと楽しい気持ちは消えず、ウキウキしたままスポーツセンターに行くと、今日はこの間よりメンバーが多かった。幸いにもみんな友好的だ。運動部の男子は怖いイメージの人も多いけれど、全体的に優しい雰囲気の人が多くて助かった。初心者も経験者も混在しているらしい。年上のメンバーも含め、実力も学校もばらばらのこのサークルを設楽がまとめている。また設楽の新たな一面を知った。
今日も前回と同じように、最初はパスやシュートを設楽がつきっきりで教えてくれた。
「よしっ」
シュートが入り、ガッツポーズをする。
「おっ、いいね。前回よりもうまくなってんじゃん。やっぱ実践で試合やんのが一番レベルアップの近道だな」
「今日も最後、試合やる感じ?」
「そうそう。各自でアップやって、いい感じのタイミングで何ゲームかやって解散ってのがいつもの流れ。瀬川さんは俺と同じチームね。今日も勝たせてやるから俺に任せろ」
「すっごい自信……」
「そりゃ瀬川さんがバスケにはまってくれるかどうかが俺の腕にかかってるってなったら気合も入りますよ。絶対負けるわけにはいかないっしょ」
設楽はそう言いながら軽やかにボールを投げる。まるで当たり前かとでもいうように、ボールはゴールに吸い込まれた。
「俺が頑張って、瀬川さんがこの間みたいにバスケ楽しいーって笑ってくれたら、俺としては最高」
不覚にもかっこいいと思ってしまったが、それを悟られるのも癪なので憎まれ口をたたく。
「その気合、ちょっとは授業にも回せばいいのに」
「え、嫌だよ。わかりきってる授業聞くの時間の無駄だし、作業ゲーの課題やるのダルいし」
「イヤミ~」
こんな無気力発言をしながらも、バスケへの思いと実力は本物なのが設楽という人間のようだ。前回と同じように、今日の試合でも設楽は私のフォローをしてくれた。ボールを支配し、ディフェンスを引きつけて、私に見せ場を作ってくれた。形の上では私も勝利に貢献することができた。全部設楽の圧倒的な実力がなせることだとはわかっているけれど、やっぱり勝つのは嬉しいし、楽しい。
今日も設楽は帰りに私を送ってくれた。別れ際、折りたたんだルーズリーフを一枚渡す。実はこっそり昼休みに釣り竿の「ルアー」の絵を描いた。
「絵しりとり、逃げたわけじゃないから」
「やば、筋金入りじゃん」
「授業中以外なら、いつでも受けて立つよ」
私の負けず嫌いが設楽のツボにはまったのか、交換日記みたいな絵しりとりはシルバーウィークで有耶無耶になるまで続いた。
「おはよ」
「おっす」
お互いに小さな声で挨拶をする。相変わらず学校での設楽はぼーっとした顔をしている。バスケの時とは完全に別人だ。
授業が始まると、いつもは隣の席で爆睡しているが、今日は机の下でこっそりスマホで漫画を読んでいた。私の視線に気づいたのか、設楽はちらっと私の方を見るとノートの隅に何かを書いて、シャーペンで指さした。
「瀬川さん、暇?」
だらしない雰囲気からは想像もつかないほど綺麗な字だった。
「暇じゃないよ、授業聞いてる」
私もノートの隅に書いて返信する。
「じゃ、授業聞きながらでいいから絵しりとりしよ」
そう書いた後に、設楽は「しりとり」と書いて矢印のあとにリスの絵を描いた。妙に可愛い絵柄でご丁寧に吹き出しをつけて「あそぼ」とまで言わせている。しかし、今は授業中だ。
「しません」
「しりとりなんだからリスの次は“する”じゃない?」
私の塩対応にめげず、設楽が筆談を続ける。設楽には授業を真面目に聞くと言う選択肢がないのだろうか。
「今日放課後空いてる? またサークル来てよ」
思わず口角が上がる。設楽にまたあの場所に連れて行ってほしい、というかあのサークルに入れてほしい。それほどに先週は楽しかった。私から頼むのも図々しいような気がしていたから、設楽が誘ってくれるのは願ったり叶ったりだ。
「行きたい」
私がそうノートに書いて答えると設楽はリスから矢印を伸ばしてスズメを描いた。見ているだけで脱力しそうな絵柄だ。そこに「げんちしゅーごー」と間の抜けた平仮名のセリフが書き足された。
「というわけで絵しりとりしよ」
「しない。授業中!」
懲りない設楽だったが、私がまた断ると、今度はスズメから矢印を伸ばしてメガネザルの絵を描いた。今度はちょっと怒った顔のイラストで、ご丁寧に怒りマークまでついている。吹き出しに「ケチ」という言葉を書き残し、設楽はふてくされたように突っ伏して寝始めた。
こうして誰かと授業中に筆談をするのは初めてだ。結構楽しいものだな、と気づいた。授業中ずっと絵しりとりにいそしんでいては成績が落ちてしまうけれど、たまにはこういうのも悪くないと思った。
放課後までずっと楽しい気持ちは消えず、ウキウキしたままスポーツセンターに行くと、今日はこの間よりメンバーが多かった。幸いにもみんな友好的だ。運動部の男子は怖いイメージの人も多いけれど、全体的に優しい雰囲気の人が多くて助かった。初心者も経験者も混在しているらしい。年上のメンバーも含め、実力も学校もばらばらのこのサークルを設楽がまとめている。また設楽の新たな一面を知った。
今日も前回と同じように、最初はパスやシュートを設楽がつきっきりで教えてくれた。
「よしっ」
シュートが入り、ガッツポーズをする。
「おっ、いいね。前回よりもうまくなってんじゃん。やっぱ実践で試合やんのが一番レベルアップの近道だな」
「今日も最後、試合やる感じ?」
「そうそう。各自でアップやって、いい感じのタイミングで何ゲームかやって解散ってのがいつもの流れ。瀬川さんは俺と同じチームね。今日も勝たせてやるから俺に任せろ」
「すっごい自信……」
「そりゃ瀬川さんがバスケにはまってくれるかどうかが俺の腕にかかってるってなったら気合も入りますよ。絶対負けるわけにはいかないっしょ」
設楽はそう言いながら軽やかにボールを投げる。まるで当たり前かとでもいうように、ボールはゴールに吸い込まれた。
「俺が頑張って、瀬川さんがこの間みたいにバスケ楽しいーって笑ってくれたら、俺としては最高」
不覚にもかっこいいと思ってしまったが、それを悟られるのも癪なので憎まれ口をたたく。
「その気合、ちょっとは授業にも回せばいいのに」
「え、嫌だよ。わかりきってる授業聞くの時間の無駄だし、作業ゲーの課題やるのダルいし」
「イヤミ~」
こんな無気力発言をしながらも、バスケへの思いと実力は本物なのが設楽という人間のようだ。前回と同じように、今日の試合でも設楽は私のフォローをしてくれた。ボールを支配し、ディフェンスを引きつけて、私に見せ場を作ってくれた。形の上では私も勝利に貢献することができた。全部設楽の圧倒的な実力がなせることだとはわかっているけれど、やっぱり勝つのは嬉しいし、楽しい。
今日も設楽は帰りに私を送ってくれた。別れ際、折りたたんだルーズリーフを一枚渡す。実はこっそり昼休みに釣り竿の「ルアー」の絵を描いた。
「絵しりとり、逃げたわけじゃないから」
「やば、筋金入りじゃん」
「授業中以外なら、いつでも受けて立つよ」
私の負けず嫌いが設楽のツボにはまったのか、交換日記みたいな絵しりとりはシルバーウィークで有耶無耶になるまで続いた。



