「って……ざっけんなっつーの!」
 思い出すとムカついてきた。ムカつかないわけがない。理不尽に仕事を押し付けてきた芽衣にも、世の中をなめている設楽灯弥にも。
 去年、すなわち設楽が来るまで私は学年上位十人の成績優秀者として定期試験後には名前が貼りだされていた。周りの評価が一位以外は全部どんぐりの背比べだったとしてもこれはもはや私のプライドの問題だ。
 次の中間テストこそ成績優秀者に返り咲いてやる。いや、あの無気力男に勝って一位になってやる。
 私は負けることと馬鹿にされることが何よりも嫌いだ。テストの結果は死ぬほど悔しいけれど、学校ではそんな感情はおくびにも出さない。「ガリ勉の負け犬」なんて馬鹿にされた日にはプライドが死ぬからだ。だから、ちゃんと学校では設楽を讃えて拍手をした。
「はあああ、いらつく!」
 独り言が脳内だけではおさまらずに声に出る。学校の人と会わないようにわざわざ三駅離れたゲームセンターに来ているので、旅の恥はかき捨てだ。店内もうるさいしどうせ聞こえていない。
 こういうやってられない日はゲームセンターでストレス発散するに限る。設楽に勝つための勉強前にリフレッシュが必要だ。
 遊ぶのは当然クイズのゲームだ。だって勝てるから。負けたら悔しいけれど勝ったら嬉しい。勝利のドーパミンは私を日々のストレスから健全に救ってくれる。だから私は自分が勝てるフィールドを選ぶ。
 中学までは勉強がそのフィールドだったけれど、井の中の蛙だったと思い知らされた。でも、このクイズゲームは全国オンライン対戦だ。ここで勝てば、井の中の蛙だなんて言わせない。絶対に全国ランカーになってやる。
 ゲームが始まり、次々と問題文が流れて来る。それに素早く答える。春からストレス発散で始めたこのゲームのレーティングは随分上がった。今日も絶好調。ドーパミンがドバドバ出る感覚に高揚する。
「っしゃあああ! 勝ち! 私最強!」
 画面に優勝の文字が表示される。立ち上がってガッツポーズをしても周りから視線を集めることはない。みんな音ゲーや格ゲーに夢中だからだ。気分良く帰ろうとしたところで、画面の文字に気づく。
「店内対戦の挑戦状が来ています。勝負しますか?」
 たまにこういうことがあるが、この店舗に強豪の常連はいない。きょろきょろと周りを見回すが対戦相手の姿は見えなかった。こういう場合、柱の死角でお互いが見えないパターンだ。その方が都合がいい。負かした相手と顔を合わせるとトラブルの原因になりかねないからだ。一応店内対戦の時は勝った時も煽りととられないようになるべく大声は出さないようにしている。
 対戦相手の情報が表示される。初心者どころか今回が初プレイの紛うことなき新規アカウントだ。命知らずめ、かかってこい。そう心の中で呟いて、百円玉を投入しタッチパネルの「対戦」の文字を押した。


「ざっけんな! 今のラグだろクソ筐体! 絶対私のが速かった!」
 嘘だ。ありえない。全然この初心者「タケトヤ」とやらのスピードに追い付かない。知識量どうなってんの。反射神経もはや人外でしょ。
 単純な計算問題から「ですが」が問題文に入っているひっかけ問題や海外スポーツのマニアック知識問題までとにかく死角がない。これで初プレイなんて詐欺だ。何問か取り返したが点差は開く一方だ。ついにリーチをかけられてしまった。まずい。汗が首筋を伝う。 
「元々は死後に同じ蓮」
 わずか九文字でタケトヤが早押しボタンを押す。直後、入力されたの答えと残りの問題文が表示された。
「元々は死後に同じ蓮の上に生まれ変わることを意味していた、結果にかかわらず運命を共にすることを表す四字熟語は何?」
 タケトヤの答えは「一蓮托生」だった。さすがにこれは正誤判定の前に結果がわかる。これは正解、すなわち私の完敗だ。
 悔しい。このままじゃ終われない。負けたままで終わっていいわけがない。歴史の問題だけなら私に分があった。さっきは油断していた。ジャンル選択をちゃんと行えば、勝機はあるはずだ。私は画面から再戦を申し込む。今度こそ負けない。しかし、ありえないことにタケトヤは即座に再選を拒否した。こんなのマナー違反でしかない。
「はああ? 勝ち逃げとかないんだけど! ふざけんな!」
 バンッ、と台を叩いて思わず立ち上がる。タケトヤを直接呼び止めて再戦を申し込んでやる。学校のみんなはこの辺りでは遊ばないので知り合いもいないし、旅の恥はかき捨てだ。さっさと勝ち逃げマナ悪野郎のところへ行かなければ。足元の荷物を回収しようとしたところでハツラツとした声が聞こえた。
「対あり! お疲れ様」
 確実にタケトヤだ。その面をおがんでやろうと振り返ろうとしたとき、タケトヤはさらに続けた。
「結構やりこんでるんだね、さすが瀬川さん」
 予想外の出来事に脳みそがショートした。私がゲームアカウントに登録した名前は「みつみん」だ。なんで私の本名を知っているんだこの人は。おそるおそる振り返る。
「ちーっす、タケトヤです。結構手ごわかったよ、みつみんさん」
 学校での間延びした喋り方とは似ても似つかない、お腹から声を出したはきはきとした喋り方だったから気づかなかった。設楽灯弥が目の前で満面の笑みを浮かべていた。