学校って息苦しい。校則に載っていない生徒間だけの不文律が信じられないくらいたくさんあるし、スクールカーストはそうそうひっくり返せない。学生の本分は勉強だなんて綺麗事で、クラスで三番目、学年で十一番目に成績がよかったところでそんなものは何の意味もない。
運動神経がいいとか顔が可愛いとか分かりやすく凄い特技があるとかそういうものの方が、学校生活を生き抜くうえでは大事なことだ。家がお金持ちとか、内部進学だとかそういう後ろ盾があれば別かもしれないけれど。
「光美ちゃーん、昼休みの委員会代わりに出てくれたりしない? 彼氏にお昼一緒に食べようって誘われちゃってー。どうせ暇でしょ?」
芽衣みたいに“持っている”一軍女子はこんな風にいくら傍若無人にふるまっても許される。一方で地味で不器用な私が学校生活を平穏に生き抜く手段はただひとつ。
「うん、いいよ。楽しんできてね」
優しい良い子であること。分相応に大人しく、常に感じよく。たぶん、それが正解。
新学期早々幸先が悪い。芽衣が彼氏と楽しくランチタイムをしている間、押し付けられた集まりに代理出席して必要事項をメモしてプリントをもらう。四時間目が体育だったから着替える時間すらなく、体育着のまま五時間目の授業を受ける羽目になって最悪だ。
チャイムが鳴るのと同時に机の上を綺麗にして席を移動する。五時間目は二組と合同で英語上級クラスの時間だ。
「夏休みの宿題を回収します。後ろから集めてください」
先生に指示されたが、隣の席の設楽灯弥は自分の宿題の冊子を加えず、そのまま前に回した。
「はい、提出確認している間に一学期の期末テストの答案用意しておいてくださいね。二組とか自分の席に忘れて来ちゃった人はこの時間に用意して」
テストの解説なんて記憶が新しいうちにやらないと意味がないと思うけれど、期末テストが終わったらすぐ夏休みになるカリキュラムが悪いので仕方がない。それなりの人数が答案用紙を取りにバタバタしているのもどこ吹く風、設楽は机に突っ伏した。
「設楽君、宿題出すの忘れてませんか?」
先生に名指しで指摘されると、設楽は顔を上げた。
「あー、やったんですけど持ってくるの忘れました」
反省の色がみじんもない様子で答えた。小学生の言い訳だ。しかもこの様子だと絶対やっていない。
「明日持ってきてくださいね」
「あーい」
断言してもいいが、絶対持ってこない。明日持ってきますを先生が忘れるまで繰り返して有耶無耶にする作戦だろう。それでも、先生が設楽には強く言わない理由は自明だ。
「それではテストの解説に入ります。平均点は六十八点、最高点は二組の設楽君の百点。今回満点は一人だけでした」
教室から拍手が起こり、私も手を叩いたが、設楽はぼーっとした表情のままだった。百点の設楽は解説なんて聞く必要はありませんとばかりに授業が始まるなり居眠りを始めた。
「やっぱ設楽が帰国子女って噂本当なのかなー」
「でも、国語の成績もいいらしいよ」
「やば、天才じゃん」
後ろの席から噂話が聞こえる。今年の春に転校してきた設楽は何かと注目の的だった。最初は前の学校で暴力事件を起こして退学になったというとんでもないデマが流れていたけれど、授業は全部寝ている無気力ぶりから「アイツに限ってそれはない」と三日で仮説は棄却された。そのくせ授業を全く聞いていなのに中間テストで学年一位をとるものだから、学年中が騒然となった。
「設楽ってさ、よく見るとかっこよくない?」
「えー、でも性格悪いじゃんあいつ」
本人が寝ているのをいいことにコソコソと品評会が始まった。噂によると部活の勧誘を全部「ダルい」の一言で断ったらしく、一部であいつは感じが悪いと悪評がたっている。
運動部の一軍男子に軒並み塩対応をしても、おもてだって敵対する人がいないのはきっと彼が生まれながらの強者だからだ。いくら勉強はスクールカーストとの相関係数が低いといっても一位となれば話は別だ。それと男子の場合は喧嘩が強そうなイメージのある人は無条件に一目置かれるらしい。実際、男子の中でも高身長の設楽はかなり威圧感がある。私の背が女子の中でもかなり低いことはこの際置いておくとして。
授業後、先生に質問に行ってわからなかったところを復習した。質問が終わっても設楽はまだ寝ていた。
「設楽君まだ寝てる。瀬川さん、起こしてあげてくれる?」
質問が終わった後、先生に頼まれた。確かに設楽がずっと寝ていたら本来の席の持ち主に迷惑だ。六時間目が始まる前に起こしてあげることにした。
「設楽君」
呼びかけてみるが反応はない。
「設楽君、授業終わったよ」
少し大きめの声でもう一度起こすと、肩をビクッとさせたあとゆっくり顔を上げた。
「んあー、そうなん? やっべ、次体育だ。ありがと瀬川さん」
「いえいえ、お構いなく」
設楽は目をこすりながら答えた。やっべ、と口では言いながらもゆっくりと立ち上がり、のろのろと歩いて行った。着替える時間を加味すると確実に遅刻だと思う。
あんなマイペースな振る舞いが許されるのは選ばれた人間だけ。凡人の私は今日も真面目にできることをコツコツと。これが私の生き方だ。
運動神経がいいとか顔が可愛いとか分かりやすく凄い特技があるとかそういうものの方が、学校生活を生き抜くうえでは大事なことだ。家がお金持ちとか、内部進学だとかそういう後ろ盾があれば別かもしれないけれど。
「光美ちゃーん、昼休みの委員会代わりに出てくれたりしない? 彼氏にお昼一緒に食べようって誘われちゃってー。どうせ暇でしょ?」
芽衣みたいに“持っている”一軍女子はこんな風にいくら傍若無人にふるまっても許される。一方で地味で不器用な私が学校生活を平穏に生き抜く手段はただひとつ。
「うん、いいよ。楽しんできてね」
優しい良い子であること。分相応に大人しく、常に感じよく。たぶん、それが正解。
新学期早々幸先が悪い。芽衣が彼氏と楽しくランチタイムをしている間、押し付けられた集まりに代理出席して必要事項をメモしてプリントをもらう。四時間目が体育だったから着替える時間すらなく、体育着のまま五時間目の授業を受ける羽目になって最悪だ。
チャイムが鳴るのと同時に机の上を綺麗にして席を移動する。五時間目は二組と合同で英語上級クラスの時間だ。
「夏休みの宿題を回収します。後ろから集めてください」
先生に指示されたが、隣の席の設楽灯弥は自分の宿題の冊子を加えず、そのまま前に回した。
「はい、提出確認している間に一学期の期末テストの答案用意しておいてくださいね。二組とか自分の席に忘れて来ちゃった人はこの時間に用意して」
テストの解説なんて記憶が新しいうちにやらないと意味がないと思うけれど、期末テストが終わったらすぐ夏休みになるカリキュラムが悪いので仕方がない。それなりの人数が答案用紙を取りにバタバタしているのもどこ吹く風、設楽は机に突っ伏した。
「設楽君、宿題出すの忘れてませんか?」
先生に名指しで指摘されると、設楽は顔を上げた。
「あー、やったんですけど持ってくるの忘れました」
反省の色がみじんもない様子で答えた。小学生の言い訳だ。しかもこの様子だと絶対やっていない。
「明日持ってきてくださいね」
「あーい」
断言してもいいが、絶対持ってこない。明日持ってきますを先生が忘れるまで繰り返して有耶無耶にする作戦だろう。それでも、先生が設楽には強く言わない理由は自明だ。
「それではテストの解説に入ります。平均点は六十八点、最高点は二組の設楽君の百点。今回満点は一人だけでした」
教室から拍手が起こり、私も手を叩いたが、設楽はぼーっとした表情のままだった。百点の設楽は解説なんて聞く必要はありませんとばかりに授業が始まるなり居眠りを始めた。
「やっぱ設楽が帰国子女って噂本当なのかなー」
「でも、国語の成績もいいらしいよ」
「やば、天才じゃん」
後ろの席から噂話が聞こえる。今年の春に転校してきた設楽は何かと注目の的だった。最初は前の学校で暴力事件を起こして退学になったというとんでもないデマが流れていたけれど、授業は全部寝ている無気力ぶりから「アイツに限ってそれはない」と三日で仮説は棄却された。そのくせ授業を全く聞いていなのに中間テストで学年一位をとるものだから、学年中が騒然となった。
「設楽ってさ、よく見るとかっこよくない?」
「えー、でも性格悪いじゃんあいつ」
本人が寝ているのをいいことにコソコソと品評会が始まった。噂によると部活の勧誘を全部「ダルい」の一言で断ったらしく、一部であいつは感じが悪いと悪評がたっている。
運動部の一軍男子に軒並み塩対応をしても、おもてだって敵対する人がいないのはきっと彼が生まれながらの強者だからだ。いくら勉強はスクールカーストとの相関係数が低いといっても一位となれば話は別だ。それと男子の場合は喧嘩が強そうなイメージのある人は無条件に一目置かれるらしい。実際、男子の中でも高身長の設楽はかなり威圧感がある。私の背が女子の中でもかなり低いことはこの際置いておくとして。
授業後、先生に質問に行ってわからなかったところを復習した。質問が終わっても設楽はまだ寝ていた。
「設楽君まだ寝てる。瀬川さん、起こしてあげてくれる?」
質問が終わった後、先生に頼まれた。確かに設楽がずっと寝ていたら本来の席の持ち主に迷惑だ。六時間目が始まる前に起こしてあげることにした。
「設楽君」
呼びかけてみるが反応はない。
「設楽君、授業終わったよ」
少し大きめの声でもう一度起こすと、肩をビクッとさせたあとゆっくり顔を上げた。
「んあー、そうなん? やっべ、次体育だ。ありがと瀬川さん」
「いえいえ、お構いなく」
設楽は目をこすりながら答えた。やっべ、と口では言いながらもゆっくりと立ち上がり、のろのろと歩いて行った。着替える時間を加味すると確実に遅刻だと思う。
あんなマイペースな振る舞いが許されるのは選ばれた人間だけ。凡人の私は今日も真面目にできることをコツコツと。これが私の生き方だ。



