颯真に連れられてやってきたのは、小さな公園だった。
人通りも少なく、静かで、空には星が輝いている。
「ここ、俺がガキの頃によく来てた場所なんだ」
彼はブランコに座りながら、夜空を見上げた。
「桜井、ちょっと話そうぜ」
「……うん」
「俺、お前のこと、やっぱ好きだわ」
「っ……!」
突然すぎて、言葉が詰まる。
「でも、無理に答えは求めねぇ。お前にはお前のペースがあるからな」
「……あんた」
「ただ、俺はお前ともっと一緒にいたいし、お前がどんな顔してるか見たい。お前が笑ってくれると、めっちゃ嬉しいし」
彼は、いつもの軽い調子で言う。
でも、その言葉の奥には、本気の想いが滲んでいた。
「桜井はさ、俺といると楽しい?」
その言葉に、私はゆっくりとうなずいた。
「楽しいよ」
「なら、それで十分だ」
彼は、ふわりと笑った。
「いつかさ、お前が『好き』って思える時が来たら、その時は俺のこと、ちゃんと捕まえてくれよ?」
私は、その言葉の意味をかみしめるように、ゆっくりと頷いた。
この出会いが、いつか「特別」になる日が来るのかもしれない。
そんな予感が、静かに胸を満たしていった——。
クリスマスの夜、公園で交わした言葉は、私の心に静かに響き続けていた。
颯真は「待つ」と言ってくれた。
無理に答えを求めることなく、ただ私の気持ちが追いつくのを待ってくれる。
だけど、私はそれでいいのだろうか。
冬休みのある日、私は図書館にいた。
受験勉強に集中するために来たはずなのに、ふとした瞬間に颯真の言葉が思い出されて、ページをめくる手が止まる。
「お前といると楽しい?」
「なら、それで十分だ」
彼はあんなにも真っ直ぐに言葉をくれたのに、私はまだ答えを出せないまま。
── どうしてこんなに悩むんだろう。
そんなことを考えながら、ペンを握る手を止めたその時。
「おーい、美琴!」
不意に、図書館の静寂を破るような声が響いた。
「ちょっ……颯真!?」
振り向くと、入り口の方で私に向かって手を振る颯真がいた。
「お前、やっぱここにいたかー!探したぞ!」
彼は周りの視線も気にせず、ズカズカと私の席に近づいてきた。
「ちょっと、図書館では静かに……!」
「はいはい、悪ぃ悪ぃ」
そう言いながらも、全然反省している様子はない。
「で?何してんの?」
「見てわかるでしょ、勉強……」
「ふーん……」
颯真は私の机の上を覗き込むと、難しそうな参考書を見て眉をひそめた。
「お前さ、たまには息抜きしねぇと体に悪いぞ?」
「別に、私は大丈夫……」
「うそつけ、顔色悪ぃし、肩ガチガチじゃねぇか」
「え?」
気づけば、颯真の手が私の肩に触れた。指先で軽く押されると、思ったよりも痛くて、思わず「うっ」と声が漏れた。
「ほらな。だから、今からちょっと付き合え」
「えっ、どこに……?」
「いいから、いいから!」
そう言って、颯真は私の腕を引いた。
「ちょ、ちょっと待って、荷物……!」
慌てて本を片付けながら、私は彼に連れられて図書館を後にした。
颯真が私を連れてきたのは、遊園地だった。
「え、なんでここ……?」
「冬の遊園地って、意外といい感じなんだぜ?」
颯真はニッと笑いながら、私の手にチケットを押し付ける。
「でも、遊園地なんて……私、久しぶりすぎて……」
「ならちょうどいいじゃん。たまには勉強のこと忘れて楽しもうぜ?」
そう言って、颯真は先に歩き出した。
その背中を見ていると、自然と心が軽くなるのを感じた。
── まぁ、たまにはいいのかもしれない。
そう思って、私は彼の後を追った。
いくつかのアトラクションを楽しんだ後、颯真は「最後にこれ乗ろうぜ」と言って、観覧車の前に立った。
私は少し迷ったけれど、彼に促されるまま、ゆっくりとゴンドラに乗り込んだ。
静かに上昇していく観覧車の中。
私たちはしばらく何も話さず、街の灯りを眺めていた。
「……なぁ、桜井」
「うん?」
「今日さ、お前をここに連れてきたのは、ちゃんと理由があってさ」
颯真の声が、いつになく真剣だった。
「お前、最近ずっと頑張りすぎだろ」
「え……?」
「勉強も大事だけどさ、ちゃんと息抜きもしろよ。お前が無理してるの、俺は見ててわかるから」
私は、彼の真っ直ぐな瞳を見つめた。
「……ありがとう」
「お、素直じゃん」
「もう……」
私は小さく笑った。
── やっぱり、颯真といると楽しい。
私はまだ、彼の気持ちに応える自信はない。
だけど、この時間が特別なのは間違いなかった。
観覧車が一番上に到達した瞬間、私たちの目の前には、夜景が広がっていた。
「綺麗……」
「だろ?」
颯真は横で微笑んだ。
この景色のように、私たちの関係もゆっくりと変わっていくのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は静かに夜空を見つめていた——。
遊園地を出ると、冷たい冬の風が頬を撫でた。
白い息が夜の街に溶けていく。
「寒いな」
颯真が呟きながら、自分のポケットに手を突っ込んだ。
「……手、貸せよ」
「え?」
「いいから」
彼は私の手を取り、自分のポケットに押し込んだ。
「ちょ、ちょっと!? さすがにこれは……!」
「寒いだろ? 俺の手、温かいし」
たしかに、彼の手は驚くほど温かかった。
だけど、それ以上にこの距離感が近すぎて心臓が落ち着かない。
「……恥ずかしい」
「なんで? カップルなら普通だろ」
「私たち、カップルじゃ……」
「……じゃあ、そうなる?」
「……え?」
不意に、彼の声が真剣になった。
「俺、ずっとお前のこと好きだけど。待つって言ったけど、待つのって結構つらいんだよな」
彼の言葉が、静かに心に染み込む。
「無理に答え出せとは言わねぇけど……お前は、どうしたい?」
私は、彼の瞳をじっと見つめた。
── どうしたい?
ずっと考えていた。彼の気持ちに応えられるのか、私は本当に彼を好きなのか。
でも、こうして彼と一緒にいると、心が落ち着く。楽しい。
そして、何より——。
「……たぶん」
「ん?」
「たぶん、私はもうとっくに、颯真に惹かれてるんだと思う」
小さな声で告げると、彼は目を見開き、そして少し照れくさそうに笑った。
「……じゃあ、もう答えは決まってるよな?」
彼はそっと、私の髪を撫でた。
「……うん」
夜の街灯の下、ふたつの影がゆっくりと寄り添っていた——。
静かな風がそよぐ中、二人は並んでベンチに座っていた。
「今日、一日楽しかったね。」
「……うん。」
彼女は少しうつむきながら、手のひらをぎゅっと握りしめた。
「なあ……」
彼が不意に口を開く。
ゆっくりとした動作で彼女の顔を覗き込み、そっと手を伸ばした。
「え?」
彼女が顔を上げると、彼の瞳が真っ直ぐに自分を見つめていることに気がついた。
「俺……ずっと、お前のこと……」
言葉の続きを待つ間、鼓動が速くなっていく。
「好きだよ。」
一瞬、時間が止まった気がした。
そして次の瞬間——
ふわりと唇に触れる温かさ。
驚きと共に、彼女の目が大きく見開かれる。
けれど、その優しい感触にすぐに目を閉じた。
彼の唇はそっと触れるだけで、強くもなく、弱くもなく、ただお互いの想いを確かめるように静かに重なっていた。
夜の空気が二人を包み込み、心の奥深くまで温かくなるような感覚が広がっていく。
やがて唇が離れると、彼は照れくさそうに微笑んだ。
「……今の、なしって言われたらどうしようかと思ってた。」
「なしなんて言わないよ……」
彼女もそっと微笑み、彼の手をそっと握り返す。
二人の想いが通じ合った夜。
遠くの街灯がやさしく光る中、二人はずっと手を繋いだまま座っていた。
---
それから数ヶ月が経ち、季節は春になった。
受験も無事に終わり、私は第一志望の大学に合格。
颯真も自分の進路を決め、それぞれ新しい道を歩み始めていた。
「これからは、お前の彼氏として、もっと甘やかしてやるからな」
「……調子に乗らないでよ」
「はは、冗談だって!」
彼と並んで歩く桜並木の道。
これからどんな未来が待っているのかはわからない。
でも、少なくとも今は——。
「一緒に歩いてくれる?」
「もちろん」
彼の手が、そっと私の手を握る。
この交差点の先に、新しい物語が待っている気がした——。
桜の季節が過ぎ、新しい環境に慣れ始めたころ。私は大学生としての生活を、
颯真は専門学校での勉強とバイトをこなしながら、それぞれの日々を送っていた。
「最近、忙しそうだね。」
カフェで久しぶりに会った颯真は、少し疲れた様子だった。
「まぁな。授業は専門的なことばっかだし、バイトも増やしたし。でも、こうして会えるなら頑張る意味もあるってもんだろ?」
「……もう、そういうの慣れないからやめてよ。」
「なんで? 俺ら、もう付き合って半年だぞ?」
「だからって!」
私が慌てると、颯真は笑った。
「でも、こういうやりとりも変わらねぇな。」
私たちの関係は、相変わらずだった。
颯真はストレートに気持ちを伝えるし、私はそれに振り回される。
だけど、それが不思議と心地よくなってきた。
---