「春ちゃん、お話があります」
ゆっくりとしたブランチを終え、春人の薬が効いてきたタイミングを待って、燈向は真剣な表情で口を開いた。
春人は食事を終えた後そのままソファで身を休めていたのだが、真剣な燈向の言葉に姿勢を正そうとして、そうしてそれをそっと燈向に制されてやめた。
楽な姿勢でソファに身を預けたまま、春人はラグの上へと座り直した燈向の眼を見つめる。
「オレは、今回アイツらが春ちゃんにしたことを絶体許したくない。 なあなあにしてたらアイツ等は『この程度で済むんだ』って思ってまた同じ事を繰り返すかもしれない。
だから、オレはアイツ等を徹底的に叩きのめして、へし折りたい。 その為の準備も伝手もある。私情は八割くらい入ってる。
……でも、どうしても矢面に立つのは春ちゃんだ。 だから、オレはちゃんと春ちゃんの意思を確認しておきたいんだ」
どうかな? と燈向の夕暮れよりも赤い瞳が問いかけてくる。そっと握られた両の手から伝わる熱は、ひどく心地良い。
彼が口にした言葉に嘘偽りは無いのだろう。そもそも、春人は燈向に対して不信を覚えたことはない。
燈向は何時だって春人に対して真っ直ぐ真摯に向き合ってくれていた。そんな燈向がこうまで言うのだ。ならば春人はそれに否と言う選択肢を持ち得ない。
「皇さんは、一緒にいてくれるんですよね」
「勿論! 絶体、ずっと、何があってもオレは春ちゃんの傍に居るよ!!」
「じゃあ、怖くないです」
そう答えを返せば、燈向表情がパッと明るくなる。
きゅぅっと眼を細めて笑う顔は、幼いあの日の面影が見えて愛おしい。
ガバッと膝立ちになった燈向はしかし、急にビンッ!と糸が張り詰めた様な動きをして止まった。
「……皇さん?」
突然奇妙な行動を取る燈向に対して、春人は不思議そうに小首を傾げながら問い掛けた。
「今ね、物凄く春ちゃんを抱き締めたい衝動に駆られてるんだけどね……ちゃんと告白してない手前…どうなのかな、って…」
ギギギギ…… と音でもしそうなぎこちない腕の動きをする燈向に春人は思わず笑い声をあげる。
あんなに情熱的な口説き文句と優しいキスをしておいて、そう言う所はちゃんと気にするのかと思うと大層可笑しい。
「じゃあ……」
そう言って春人は身を起こして燈向の方へ体を寄せる。
恥ずかしくて、心臓が馬鹿みたいにうるさいし、燈向の背に回した腕が緊張で震えていた事はどうかバレないで欲しい。
「……っ!」
頭の上で、燈向が息を飲む音がした。そっと耳を寄せた燈向の胸から聴こえる彼の鼓動は、とても速い。
ふと顔を上げて見上げれば燈向の眼は丸く、そして頬は赤く染まっている。
いつもスマートな燈向らしからぬその反応に春人は意外な一面を見て、思わず笑みを浮かべた。
「……と言うわけで、弁護士さんには既に話を通してあるから」
コホン、と甘い空気の名残を払うように燈向は咳払いをひとつ。
ラグの上からソファの、春人の隣へと座り直した燈向は、当の弁護士から送られて来た資料を表示させたタブレットを春人に手渡した。……因みに、あの後ちゃんと燈向は思う存分春人を抱き締め返したのは言うまでもない。
「……何から何まで…すみません」
「いやいやいや……オレがやりたいからやるって言ったでしょ? 気にしなくて良いんだよ」
燈向はまず、自分が手配した弁護士と言うのが兄の古くからの友人で、自分とも長く付き合いが有ることを説明する。
その時に兄に春人が燈向にとってどれだけ大事な存在であるかを悟られてしまったが、そこは敢えて言わないでおいた。いずれ打ち明けるつもりではあるが、タイミングは今ではないのだ。
「被害者は春ちゃんだから、名前が表立って出ちゃうけど、裁判や何やらは代理人として弁護士に出席してもらえるだろうから安心して。 費用やなんかもそれ込みで回収してくれると思うから、金銭面でも問題はないと思う。ただ……」
「ただ?」
突然言葉を言い淀んだ燈向に、春人は不思議そうに小首を傾げる。
燈向は口を片手で被い、あ~だの、う~、だのと呻いてから意を決した様に口を開いた。
「兄の友人は……女性で…なんと言うかまぁ、その、女傑?豪快?な感じの人でさ。 オレは慣れてるから平気だけど、春ちゃんはちょっとビックリしちゃうかも」
「……そう、なんですか?」
「ん。 まぁ、気っ風の良い人だから、大丈夫だとは思う……」
多分…… と小さく口にする燈向にはまだ何か心配事と言うか、懸念の様なものがあるらしいが、何せ春人はまだその女性弁護士と会ったことも無いので何とも言えない。
「燈向さんがそう言うのなら、きっと大丈夫ですよ」
春人の白い手が、そっと燈向の膝に触れる。燈向はその手をそっと握り直して、柔く微笑んだ。
