「やめて下さいっ…困ります……!」
「何で? いいじゃん、一件だけだよ?」
「お酒得意じゃないのでっ…!」
「得意じゃないってだけで飲めない事はないんでしょ~? じゃあ行こうよ!」

 リンカネの次イベントの打ち合わせを終えて、燈向の店へ向かおうとしていた矢先、春人は見知らぬ青年らに声を掛けられた。
そこまでは別にいいのだが、一体何なのだろう、彼らは。
 自分たちはさも有名です、と言った口振りだったけれど、生憎と春人は彼らを知らない。
 TVは沢山観るほうではないが、バラエティーもドラマもそれなりには観ている。けれどどれだけ記憶を探ってみても、彼らの顔も名前も浮かんでこない。

 それに、彼等とは別の……マネージャーらしき第三者がずっとカメラを回しているのも気になる。
 顔を撮されるのは困る。色々と。
 春人はなるべくはっきりと顔が映らないように顔を背けながら、燈向の店とは違う方向に足を進める。
 このまま適当にあしらい続けて、やり過ごせたらそれで構わない。
 ……けれど、春人の思惑とは裏腹に、男たちは執拗に付きまとってきて。

「ちょっ、と! マジで逃げんなって!!」
「……っ!」
 いい加減、春人の頑なな拒絶に痺れを切らしたのだろうか、二人組の男の内のひとりが力任せに春人の腕を強く握った。
 力加減と言うものをしないその見知らぬ男の手に、春人は心臓がじわじわと冷えてゆく様な感覚を覚える。
「はな、してっ!」
「うるせぇって! 黙って来いよ!!」
「お、おい……お前ちょっと…!」
 春人の腕を掴んだ男とは別の男が、明らかに激昂し始めた相方を宥めようと今更ながらに制止をかけるけれど、もう遅い。
「うるっせぇ! こんなにコケにされて黙ってられるかよ!」
「知らねぇつってんだから次行けばいいんだよ! お前これライブ配信してんだぞ忘れてんのか!?」
 もはや内輪揉めの様相を呈してきた。その隙にこの手を振り払ってしまおうと春人が男の手に触れた、その時。
「お前マジでふざけんじゃねぇよ!!」
「!?」
「ばっ…!!」
 尚も逃げを打つ春人にとうとう怒りを爆発させた男は、春人のもう片方の腕も掴んでそうしてその勢いのまま引き倒した。

 ガッ!!と額に衝撃が走る。
 何が起こったか解らないけれど、目に飛び込んできたのは、道路脇の縁石で。

 ジワジワと打ち付けた額が熱を持つのがわかって、春人は混乱したまま無意識にそこに触れた。
 ぬるり。指先が湿る。街灯の頼りない光だけでもそれが何か察しがつく。春人はとっさにそのまま手のひらで額を押さえようとしたが、それを許さないとでも言うように肩に強い衝撃が加わった。

「なんっで!言う事!!聞けねぇんだよ!!」
──『どうして母さんの言う事が聞けないの!!』
「いい思いさせてやるって言ってんだろうが!!」
──『アンタだっていい思いしてるでしょう!?』
 怒り狂う男の声に被さるように、耳の奥で母の罵倒が聞こえる。

──おねがい、やめて。
  いい子にするから。
  もう逆らったりしないから…!!


  だれか、助けて……!!


 ガッ!ガッ!!と肩や背中に何度も強い衝撃が走る。
 痛い、怖い、いたい、こわい……… ただそれだけしか感じられなくなって、春人は『逃げる』と言う選択肢を失う。


──嗚呼、結局…僕は……


誰かの制止の声がする。
けれどそれは春人に向けられたものではない。
誰も自分を助けになんて来ないのだ。
『約束』をくれたあの子とも、二度と会えなかったように……。


「春ちゃん!!!!!!」
「──!?」
抵抗すらやめてしまおうかと思ったその時。

(どうして……)

黄昏が、迎えにきた。