「あの、本当にたくさんご迷惑をおかけしました……」
「いーの!気にしないで? 久々にドライブ出来て楽しかったし」
ビジネス街にある燈向の店舗兼自宅から車で一時間も掛からない距離にある郊外のベッドタウン。郊外と言っても都心からギリギリ外れた程度なので車通りもそれなりだし、治安も悪くはなさそうだ。
ナビ通りに進んでたどり着いた春人の自宅は、三階建ての小さなアパート。真新しさは無く、それなりに年月は経っていそうだ。
白い外壁の一部をアイビーが覆っているが、それが逆にレトロな可愛らしさを演出している。
それに、オーナーの趣味だろうか。アパートのエントランス前には色とりどりの花が植えられた花壇がある。常に人の手が入る建物は、往々にして良い住民が集まるものだ。
良かった、と思う。春人の心が休まる場所は、穏やかで優しい雰囲気で。
「可愛いお家だね。 お洒落だ」
素直な感想を口にすると、春人は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「アイビーの壁が可愛くて、一目で気に入って契約したんです。 オーナーご夫妻も良い方で、花壇の手入れもよくお二人でされてるんですよ」
ぱっと綻んだ口から、すらりと言葉が紡がれる。自分の好きなものを同じ様に好きだと言われた事への喜びが滲んでいるのがまた可愛い。
「……………」
不意の沈黙。春人が一瞬なにか言いかけて、そうして少し迷って口を閉ざした。
燈向は春人が飲み込んだ言葉に心当たりがあったが、本人が迷うのならそれは『今』ではないのだ。
「春ちゃん」
「はいっ」
「また今度、一緒にご飯食べようね」
燈向はダッシュボードに置いていたスマホを手にして、軽く振ってみせた。そのスマホの中には家を出る前に交換した春人の連絡先が入っている。
『また今度』だなんて狡い言い方をしてしまった自覚はあるが、それでもその言葉は紛れもない本心なのだから仕方がない。
燈向の言葉に少し驚いたように目を見開いた春人だったが、すぐに照れたような笑みを浮かべて静かに頷いてくれた。
エントランスの前で燈向の車を見送る春人を横目に、ゆっくりとアクセルを踏んでスピードをあげる。角を曲がる直前に、小さく手を振ってくれたのはきっと見間違いではないだろう。
燈向は年甲斐もなく高鳴る胸に一人苦笑いを浮かべながらも、その心地よさに心を委ねながら徐々にスピードを上げた。
