ドォォンッ──!!! 窓ガラスが震えるほどの近さで雷鳴が轟く。

『何でよ?! 愛してるって言ったくせに!!!』
『卑怯者!! ずっと……ずっと私を騙してたの?!!』
 雷鳴と共に響いた母の悲痛な叫び声で春人は飛び起きた。ガシャン!ガシャン!!と何かが割れる音がして、恐る恐る寝室のドアを開けて向こうを覗き込む。
 気付かれないようにほんの少しだけ開いたその隙間の向こうで、父と母が言い争っている。
『嘘つき! 卑怯者!! なんで…じゃあ私はこれからどうしろって言うのよ!!』
 いつも綺麗に身なりを整えていた母が、髪を振り乱し、見たことも無いような恐ろしい形相で父に掴み掛かっている姿を目の当たりにして、春人は思わず寝室から飛び出した。
「おかあさん……!」
 やめて、おとうさんを叩かないで と小さな身体で母の細い腰に飛び付いた。
『うるさい!!邪魔よ!!!』
「──!!」
 父に向かって振り上げられた筈の腕は、それを妨げようとした春人に向かって容赦なく振り下ろされた。
 バチン!バチン!!と背中や頭を殴打されてもなお、春人は必死で母にしがみつく。どうしてこんな事になっているのか分からないけれど、とにかくいつもの“おかあさん”に戻って欲しくて、春人は必死に「おかあさん、やめて」と繰り返す。
『…るさい……煩い煩いウルサイ!!! 邪魔なのよ!!!』
 春人の必死の制止は、その時の彼女にとっては父親への加担に見えたのだろうか。
 父親へと向けられていた筈の怒りは、その内に春人へと矛先(ほこさき)を変えた。
 母の手が春人の肩を掴む。力いっぱい春人を引き剥がして、そのまま春人を突き放すようにその小さな身体を押し退けた。
「おかあさ……!」
 一瞬の浮遊感。いつもの優しい母からは想像もつかない程の恐ろしい形相。それは彼女の向こうで光った稲光の逆光ですぐに真っ黒に塗り潰された。

 あっ、と思った瞬間に頭と背中に強い衝撃が走る。

 痛い、と感じた時には指先までビリビリとした感覚が走って、ぐらぐらと世界が揺れる。
『お前……!!』
 父の焦った声がするけれど、彼が春人の方へ掛けよってくれる気配はない。
 痛くて、悲しくて、怖い── 誰かたすけて、と願ってもその手を取って願いを叶えてくれる人は誰もいなかった。