「職業柄、お酒選びには自信があるよ」
 そう言って笑う燈向の“ご提案”と言うのは、ついさっき春人が選び損ねた(そもそも目的地にすらたどり着けなかった)夏樹たちへの手土産選びを手伝わせて欲しいと言うもの。つまりはこの後も一緒にお買い物しませんか、と言う話である。
 燈向からの提案を、春人は一も二もなく頷いた。
バーテンダーである燈向が選ぶものなら外れはないだろうし、それに、少し…… ほんの少しだけ、あの人混みに一人で戻るのは少しだけ気が引けていたのだ。
 燈向は友人というには浅く、知人と言うのも何だか違う気もする。
しかし春人はずっと、燈向に対して夏樹とは少し違う安心感を抱いている事を自覚はしていた。それが何に由来するものなのかは解らないけれど。

「じゃあ、いこっか?」
「……………はい」
 春人のカップが空になった頃、向かいの席で同じようにアイスコーヒーのカップを空にした燈向が立ち上がる。
春人が何か言うより早くその手の中から空のカップを取り上げて、近くのゴミ箱へ捨てに行ってしまう。それから迷いなく春人の側へ来ると「行こう?」 と手を差し出してきて。

 その姿に一瞬、幼いあの日の記憶がフラッシュバックする。

 あの時声をかけてくれた少年も、確か燈向のような夕暮れのような赤い髪だった。けれど、まさかそんな運命的な事がこの現代に起こるわけがない。春人は自分にそう言い聞かせながら、差し出された燈向の手を取る。

 触れた手のあたたかさに何故だか切なくなって、春人は無意識にそっと肌身離さず身に付けている『鍵』に触れた。


 それから燈向はワインはもちろん、春人の目的であった引っ越し祝いと結婚祝いのプレゼント選びも付き合ってくれた。
 家に籠りがちな春人と違って、接客業をしている燈向はプレゼント選びも上手く、悩む春人にさりげなくアドバイスをくれたりして。
 買い物の最中も、話すのが得意ではない春人にあわせてゆっくりと会話をしてくれたりと、様々な気遣いをしてくれた。
 それがあまりにも心地が良いものだから、気が付けば時刻は十七時を過ぎていて。そろそろ電車に乗って夏樹たちの新居へ向かわなければ間に合わない時刻になっていたことに驚いたくらいだ。
「今日はありがとうございました、(すめらぎ)さん」
「ひなた、だってば」
「えっと……燈向(ひなた)、さん…?」
「うん。 オレも楽しかったよ、春ちゃん」
 ショッピングモールに隣接した最寄り駅のホーム。
それなりに人で賑わうホームで、またお店に遊びに来てね と笑う燈向の声に被るように電車の到着を告げるメロディーが響く。
 電車に乗り込む人の列に倣って春人も電車に乗る。一息もつかないうちに発車の合図が鳴り、ホームドアと共に電車のドアも閉まった。
椅子は空いていたけれど、すぐ座る気にはなれなくてそのままドアの側に立っていた春人の目が、ドアの向こうの燈向と合う。
 『またね』 と動く唇にあわせてヒラヒラと手を振る燈向につられるように春人も手を振り返した。

 またね なんて『約束』を夏樹以外とするのは初めてだろうか。そんなことを考えながら、流れて行く景色を見つめる。胸の奥が少しざわめくのは、一体なぜだろう…… そんなことを思いながら。