「東風せんぱーい!」

 ……もう、この声には慣れてしまった気がする。
 無視しても無駄だということを学んだので、面倒だと思いながらも振り向くと、やっぱり藤崎くん率いる三人だった。
 また勧誘しに来たのだろう。今日こそちゃんと断ろうと思ったとき、椎橋さんがわたしの手を取った。

 「あの、先輩。今日は勧誘しないので、部活を見学してくれませんか?」

 「見学?」

 「うん。俺たちがどういうことをしているのか、東風さんに見てもらいたい。……って、俺らの部長さんが言ったんだよ」

 「えへへー」

 ……ていうか、藤崎くんが部長だったのか。
 確かに、何も見ないで小説研究部に入りたくないと言い張るのは、本気で取り組んでいる三人に失礼かもしれない。
 わたしは渋々頷いた。

 「分かった。見るだけなら」

 「やったー! ありがとうございます、先輩!」

 「……うん」

 部室は、誰も使っていない、空き教室だった。
 意外と広くて、使いやすそうな場所。
 そこには何冊もの本が置いてあって、わたしは思わず見惚れてしまっていた。

 「……もう一度、やり直せるといいな」

 「え……?」

 「あぁ、何でもないです!」

 藤崎くんの言葉の意味が分からなかったけれど、わたしは聞かなかったことにした。
 沢田くんと椎橋さんは、夢中になって本を読んでいた。

 「そうだ、先輩。小説研究部のことをいろいろ説明しますね!」

 「あぁ……うん、お願いします。ていうか、どうして文芸部じゃなくて小説研究部なの?」

 「僕たちまだ小説のこと詳しくないじゃん? だから研究をするって意味でこの名前にしました! この部は物語の執筆だけじゃなくて、まず本を好きになることが大切なんです」

 藤崎くんにしては、ちゃんと考えて部長をしているんだなぁとしみじみ思う。
 物語の執筆は難しそうと思ったけれど、本を好きになることを大切としているなら、ゆったりとした部活なのかも。

 「先輩、本好きですよね?」

 「え……」

 「この部屋に入ったとき、先輩ずっと本見てたでしょ。そのとき、目輝いてたもん。僕たち、先輩を歓迎するよ」

 「ちょ……ちょっと待って。わたしはまだ、入るとはひとことも……」

 三人は、わたしに手を差し出してきた。
 その瞬間、心がふっと軽くなった。
 ……わたしは。誰かと関わるのが怖かった。
 でも今、ちゃんとできている。この人たちとなら、できる気がする。
 わたしは拳をぎゅっと握りしめて、ゆっくりと、藤崎くんの手を取った。

 「……負けたよ。わたし、この部活に入ります」

 「え!? ほ、本当に!?」

 「うん、本当。これからよろしくね」

 小説研究部。
 そんなの聞いたことがない部活だけれど、これまで何もなかったわたしに名前がついた気がして、嬉しくなった。
 この部活に入っても、みんなと必要以上に関わりを持たなければいい。
 わたしがそう強く思っているのは、大切な人を失ったのがはじまりだったーー。