ついに文化祭当日になり、学校はいつにも増して賑やかだった。
わたしの今日のスケジュールは、午前中クラスの出し物の仕事をして、そのあと藤崎くんと回って、三時からは部活に行く。
忙しいけれど、藤崎くんと一緒に回れることをモチベーションに頑張ろうと思った。
「ねぇねぇ、小説研究部は何かやるの?」
「テニス部はただ先輩たちの試合を見せるだけなんだよねー。だから希空のとこ見に行こうかなって」
「そうなんだ、確かにふたりは暇になっちゃうね。小説研究部は、短い本を作ったの。それを配布予定だよ」
そう言うと、ふたりは目を丸くした。
「え、本!? じゃあ希空も書いたってこと!?」
「うん、そうだよ。でも本当に短くて、パンフレットみたいなものに仕上がっただけでーー」
「すごいすごい! 絶対行くね!」
何だか、すごい期待されてしまった気がする。
昨日までに、それぞれ四人が書いた物語を藤崎くんが印刷して、パンフレットのようなものを作ってくれたらしい。
だからわたしもみんなの作品を見るのが楽しみだし、自分が書いた物語が本になったというのもワクワクする。
でも友達に見られるのは、少し恥ずかしい気がしてきた。
「すみませーん、撮ってもらってもいいですか?」
「あ、はい、撮らせていただきますねー! カップルですかー?」
「そうでーす」
「じゃあいきますよー! 両手でハート作ってー!」
“写真の映えスポット”というコンセプトがいいのか、たくさんの客が押し寄せてきた。それもカップルが多く。
背景は、ペーパーフラワーを敷き詰めてハート型にし、その周りを色とりどりの風船で囲んだ。
今写真を撮る係は、優花がやっている。優花はカメラマンを目指すのも悪くないと言うほど、カメラマンにハマったらしい。
「そうだ、希空。今日クラスの打ち上げするみたいだけど、来る? ごめん、まだ誘ってなかったよね」
「うん、行こうかな。あとは誰が行くの?」
「ほとんど全員行くみたいだよ。あ、あと誘ってないのは……」
美波が横目で見たのは、大橋さんだった。
大橋さんはいつもひとりでいるから、みんな誘うのが難しいのかもしれない。
「どうしよ、他みんな行くんだよね。希空、誘える?」
以前だったら、仲良くない人に話しかけるなんて、わたしにはできなかった。
でも今はどうしてだろう。そんな後ろめたさが感じられない。
わたしはいつの間にか頷いて、大橋さんのそばに行った。
「大橋さん。今日みんなで打ち上げするみたいなんだけど、大橋さんも来ない?」
「え、でも、迷惑じゃないですか。わたし、みんなに嫌われているでしょう」
「そんなことないよ。しっかり者だから、ちょっと近寄りがたいって思ってるだけだと思う。今日の打ち上げでみんなと仲良くなるチャンスかもしれないし」
そう言うと、大橋さんは黙り込んでしまった。
どうしよう、大人数が苦手なのかな。誘われることすら迷惑だったのかな。
そんな不安を打ち消すように、大橋さんはにこっと笑った。
「はい、行きたいです」
「ありがとう、美波に伝えておくね」
「……あの、東風さん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「え? うん、いいけど……」
急な質問に、わたしは驚いてしまった。
大橋さんは、俯いていた顔を前に上げる。
「東風さんって変わりましたよね、すごく。どうして変われたんですか?」
「……そっか。大橋さんにも気づかれてたんだね。わたしは、みんなのおかげで変われたんだ。大切な人たちができたから」
「そう、なんですか? でも、どうやって?」
「うーん、難しいけど……みんなが気づかせてくれたんだと思う。わたし、ずっと本音を言うことが怖くて、心の扉に閉ざしてたの。でも、それを開放できた」
そう言うと、大橋さんは口に手を当てて、優しく笑う。
「東風さんって、不思議だけどすごいですね」
「そんなことないよ。わたしは大橋さんが羨ましいって思ってたよ。自分の気持ちを素直に言えてすごいなって」
「わたしは、優等生でないといけないってプライドがあっただけです。でも、東風さんの言葉で気づくことができました。わたしはみんなと壁を作っていたんだなって。知らないうちにひとりになっていたんだなって」
大橋さんは、寂しそうな目で、みんなを見つめた。
本当はみんなと、もっと仲良くなりたいのかもしれない。
それはきっと、わたしと同じだ。わたしももっとたくさんの人と関わってみたいと思ったから。
「あの、東風さん。わたしと、友達になってくれませんか」
「え……! うん、もちろん。わたしで良ければ」
「ありがとうございます! ……本当は、誰かに言いたかったことなんです。友達になってほしいと」
大橋さんの眼鏡の奥にある目が、とても嬉しそうに見えた。
そんな大橋さんの笑顔を初めて見ることができて、わたしまで嬉しくなった。
「名前で呼んでもいい、ですか」
「もちろん。それにタメ口でいいよ、郁乃」
「……ありがとう、希空」
照れくさそうな郁乃の顔が、わたしにはすごく輝いて見えた。
わたしの今日のスケジュールは、午前中クラスの出し物の仕事をして、そのあと藤崎くんと回って、三時からは部活に行く。
忙しいけれど、藤崎くんと一緒に回れることをモチベーションに頑張ろうと思った。
「ねぇねぇ、小説研究部は何かやるの?」
「テニス部はただ先輩たちの試合を見せるだけなんだよねー。だから希空のとこ見に行こうかなって」
「そうなんだ、確かにふたりは暇になっちゃうね。小説研究部は、短い本を作ったの。それを配布予定だよ」
そう言うと、ふたりは目を丸くした。
「え、本!? じゃあ希空も書いたってこと!?」
「うん、そうだよ。でも本当に短くて、パンフレットみたいなものに仕上がっただけでーー」
「すごいすごい! 絶対行くね!」
何だか、すごい期待されてしまった気がする。
昨日までに、それぞれ四人が書いた物語を藤崎くんが印刷して、パンフレットのようなものを作ってくれたらしい。
だからわたしもみんなの作品を見るのが楽しみだし、自分が書いた物語が本になったというのもワクワクする。
でも友達に見られるのは、少し恥ずかしい気がしてきた。
「すみませーん、撮ってもらってもいいですか?」
「あ、はい、撮らせていただきますねー! カップルですかー?」
「そうでーす」
「じゃあいきますよー! 両手でハート作ってー!」
“写真の映えスポット”というコンセプトがいいのか、たくさんの客が押し寄せてきた。それもカップルが多く。
背景は、ペーパーフラワーを敷き詰めてハート型にし、その周りを色とりどりの風船で囲んだ。
今写真を撮る係は、優花がやっている。優花はカメラマンを目指すのも悪くないと言うほど、カメラマンにハマったらしい。
「そうだ、希空。今日クラスの打ち上げするみたいだけど、来る? ごめん、まだ誘ってなかったよね」
「うん、行こうかな。あとは誰が行くの?」
「ほとんど全員行くみたいだよ。あ、あと誘ってないのは……」
美波が横目で見たのは、大橋さんだった。
大橋さんはいつもひとりでいるから、みんな誘うのが難しいのかもしれない。
「どうしよ、他みんな行くんだよね。希空、誘える?」
以前だったら、仲良くない人に話しかけるなんて、わたしにはできなかった。
でも今はどうしてだろう。そんな後ろめたさが感じられない。
わたしはいつの間にか頷いて、大橋さんのそばに行った。
「大橋さん。今日みんなで打ち上げするみたいなんだけど、大橋さんも来ない?」
「え、でも、迷惑じゃないですか。わたし、みんなに嫌われているでしょう」
「そんなことないよ。しっかり者だから、ちょっと近寄りがたいって思ってるだけだと思う。今日の打ち上げでみんなと仲良くなるチャンスかもしれないし」
そう言うと、大橋さんは黙り込んでしまった。
どうしよう、大人数が苦手なのかな。誘われることすら迷惑だったのかな。
そんな不安を打ち消すように、大橋さんはにこっと笑った。
「はい、行きたいです」
「ありがとう、美波に伝えておくね」
「……あの、東風さん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「え? うん、いいけど……」
急な質問に、わたしは驚いてしまった。
大橋さんは、俯いていた顔を前に上げる。
「東風さんって変わりましたよね、すごく。どうして変われたんですか?」
「……そっか。大橋さんにも気づかれてたんだね。わたしは、みんなのおかげで変われたんだ。大切な人たちができたから」
「そう、なんですか? でも、どうやって?」
「うーん、難しいけど……みんなが気づかせてくれたんだと思う。わたし、ずっと本音を言うことが怖くて、心の扉に閉ざしてたの。でも、それを開放できた」
そう言うと、大橋さんは口に手を当てて、優しく笑う。
「東風さんって、不思議だけどすごいですね」
「そんなことないよ。わたしは大橋さんが羨ましいって思ってたよ。自分の気持ちを素直に言えてすごいなって」
「わたしは、優等生でないといけないってプライドがあっただけです。でも、東風さんの言葉で気づくことができました。わたしはみんなと壁を作っていたんだなって。知らないうちにひとりになっていたんだなって」
大橋さんは、寂しそうな目で、みんなを見つめた。
本当はみんなと、もっと仲良くなりたいのかもしれない。
それはきっと、わたしと同じだ。わたしももっとたくさんの人と関わってみたいと思ったから。
「あの、東風さん。わたしと、友達になってくれませんか」
「え……! うん、もちろん。わたしで良ければ」
「ありがとうございます! ……本当は、誰かに言いたかったことなんです。友達になってほしいと」
大橋さんの眼鏡の奥にある目が、とても嬉しそうに見えた。
そんな大橋さんの笑顔を初めて見ることができて、わたしまで嬉しくなった。
「名前で呼んでもいい、ですか」
「もちろん。それにタメ口でいいよ、郁乃」
「……ありがとう、希空」
照れくさそうな郁乃の顔が、わたしにはすごく輝いて見えた。



