「希空、着いたよ。お母さんと一緒に行こう」

 「え? あぁ、うん……」

 ぼーっとしながら、わたしは車を降りる。
 お母さんに手を引かれながら、病院の受付へ向かった。

 「希空、おじいちゃんはまだ治療してるから、面会謝絶らしいの。……お母さん、おじいちゃんの容態聞いてくるから、待ってて」

 人形のように、わたしはゆっくりと頷いた。
 何も考えられない。まだ状況を呑み込むことができない。

 「希空、来てたのか」

 「……お父さん」

 お父さんが着ているスーツのネクタイが曲がっている。
 電話が掛かってきて、きっと急いで病院に来たのだと悟った。

 「お母さんは?」

 「……容態を、聞いてくるって」

 「そうか」

 「ねぇ、おじいちゃん……何で倒れたの?」

 心臓の鼓動がバクバクと速くなる。まるで聞きたくない、と言っているかのように。
 わたしは、怖いんだ。おじいちゃんのことを聞くのが。

 「最近、肺の病気が発覚したのは希空も知ってるよな。その病気は、“肺がん”だったんだよ」

 「がん……」

 「そう、ステージ三だったらしい。希空には秘密にしていたけど、進行が結構早かったんだ。それで、今日倒れてしまった」

 肺がん。
 詳しくは分からないけれど、“がん”のイメージは、恐ろしい病気だということ。
 わたし、おじいちゃんが“がん”になっていたなんて、知らない。

 「……おじいちゃん、無事なんだよね? 手術したら助かるんだよね?」

 「それは、まだ分からない」

 「お父さん、気づいてあげられなかったの!? もっと早く処置していれば、こんなことにはならなかったかもしれないんだよ!! なのに、なのにっ、どうしてそんな平然としていられるの!!」

 息をするのも忘れて、わたしは本音を吐いた。
 看護師さんや入院しているであろう人たちが集まってくる。
 ここが病院だということも忘れていた。

 「……お父さんだって仕方がなかったんだよ。仕事で忙しくて、おじいちゃんの様子をなかなか見てあげられなかったんだ」

 「うん、分かってる。お父さんが頑張ってるのは分かるよ。でも、悲しむのは悪いこと? 泣くのはだめなこと? 大人だからって無理するのは良くないと思う」

 きっとお父さんは、わたしに気を遣って、自分の気持ちを隠しているのだと思う。心の扉のなかに。
 でもわたしは、お父さんが自分の気持ちに正直になってほしい。

 「……希空は、いつの間にか俺より大人になってるんだな」

 「そんな、こと」

 「ありがとう。大切なことに気づかせてくれて。そうだな、自分の気持ちに正直になることはすごく大事だ。よし、母さんのところに行っておじいちゃんの様子を見よう」

 「……うん」

 わたしたちは、おじいちゃんのところへ向かった。
 もし。もし、結依とおばあちゃんのときのようになってしまったら。
 今度こそ、わたしはわたしでいられなくなってしまうかもしれない。
 そう思うと、恐怖と不安で、胸がいっぱいになった。