わたしたちは部室へ戻り、黙々と作業をしていた。
 わたしの書いているエッセイは、まだ五百文字くらい。千文字まであと半分。気合を入れて頑張ろう、と思った。
 沢田くんはもうとっくに終わっているみたいで、藤崎くんに原稿を渡していた。

 「希空せんぱーい」

 「寧音ちゃん、どうしたの?」

 「あの、さっきから藤崎くんと希空先輩の空気が変わった気がするんですけど……。何かありました?」

 くりりん、とした瞳で寧音ちゃんはわたしを見つめる。
 ……どうして分かっちゃうんだろう。わたし、感情が顔に出やすいのかな。
 隠しているのも何だかモヤモヤするから、わたしは寧音ちゃんに打ち明ける。

 「わたしと藤崎くん、この前出かけたときちょっと喧嘩しちゃったの」

 そう言うと、寧音ちゃんは「えっ!」と叫び声を上げた。
 やっぱり、わたしたちが喧嘩したことが意外なのかもしれない。

 「おふたり、もうそこまでいってたんですか!?」

 「そこまでって……え?」

 何か勘違いしているような。
 もしかしたら喧嘩したことではなく、ふたりで出かけたことに驚いてる?

 「寧音ちゃん、勘違いだよ。わたしたち別に付き合ってるわけじゃないよ」

 「えー、びっくり! まさか藤崎くんと先輩がデートだなんて!」

 「だ、だから、デートとかじゃなくて……」

 周りに花がたくさん咲いたように、寧々ちゃんが笑顔になる。
 わたしの話なんか聞いちゃいないようだった。

 「まぁおふたりの気持ちは分かっているので、誤解を解こうとしなくて大丈夫ですよ。それより、どうして喧嘩したんですか?」

 「本当に付き合ってるわけじゃないからね……。うーん、喧嘩したのはわたしのせいなの。わたしが藤崎くんの過去に踏みにじったせい」

 そう言うと、寧音ちゃんが切なく笑った。

 「いろいろあるんですね。藤崎くんも、希空先輩も……和真先輩も」

 「和真……って、沢田くんのこと?」

 「……あっ」

 この話で、どうして沢田くんが出てくるのだろうか。
 ていうか寧音ちゃん、いつの間にか沢田くんのことも名前で呼んでいたんだ。
 寧音ちゃんは、動揺しながら慌てて説明した。

 「いや、あの、藤崎くんは過去にいろいろあったんでしょう。希空先輩は、恋のことで悩んでいるようだし。和真先輩は、その……間違えました」

 いや、わたし別に、恋のことで悩んでなんかないし。
 と、心のなかでツッコミを入れた。
 寧音ちゃんの目が泳いでいるのが分かる。きっと、嘘を吐いていると思う。

 「分かった。無理に沢田くんの事情は聞かないよ。でも寧音ちゃん、いつの間にか沢田くんと仲良くなってたんだね」

 「えっ!? わ、わたしは、まぁ……。ほ、ほら、藤崎くんと希空先輩をふたりきりにしたほうがいいと思って!」

 必死な寧音ちゃんがおかしくて、ついクスクス笑ってしまう。
 すると寧音ちゃんはぷくっと頬を膨らました。

 「嘘じゃないですよ! 和真先輩とその話をしていたの、本当ですし!」

 「分かった分かった。寧音ちゃん、かわいいね」

 「なっ、何がですか!」

 「……秘密」

 そうやって自分の気持ちを誤魔化すところが、かわいいなと思った。
 ……寧音ちゃんはきっと、沢田くんのことが好きなんだろうな。
 わたしは自分の恋には気づかないくせに、他人の恋には鼻が効くらしい。

 「ほ、ほら! 先輩、早くエッセイ終わらせたほうがいいですよ! わたしはさっき終わりましたし」

 「そ、そうだった!」

 寧音ちゃんに言われて、エッセイを書き始めようとしたとき。
 ガラガラッと部室のドアが勢いよく開いた。
 視線を向けると、わたしのクラスの担任だった。
 
 「東風さん、いる?」

 「え? はい、いますけど」

 「ちょっと来てくれる? 荷物持って」

 血相を変える担任の姿に驚く。何かあったのだろうか。
 わたしは言われた通り荷物を持って、みんなに挨拶をして廊下に出る。

 「東風さん、落ち着いて聞いてね」

 「はい」

 「東風さんのおじいさんが、倒れて病院に運ばれたの」

 そのひとことで、わたしは頭が真っ白になる。
 おじいちゃんが、倒れて病院に運ばれた。おじいちゃんが、びょういんに……。オジイチャンガ、ハコバレタ……。
 その言葉が、脳内に狂ったように何度も何度も再生された。

 「今、職員室にお母さんがお迎えに来てくれたから、行こう」

 「……は、い」

 手がガクガク震えているのが分かる。
 状況が掴めないままお母さんの車に乗り、何も考えられず病院へ向かった。