優花と美波に別れを告げて、わたしは部室へ向かう。
 ふたりに気持ちを伝えることができたからか、藤崎くんと仲直りする自信がついた。

 「こんにちは」

 「あ、東風さん」

 「沢田くん。藤崎くんは?」

 「ちょうどそのこと言おうと思ってた。屋上で待ってるって伝えて、らしいよ」

 「ありがとう」

 わたしは沢田くんにお礼を言って、屋上へ駆け足で向かう。
 ……ていうかこの学校、屋上に出入りしていいのかな。
 頭によぎったけれど、すぐに消した。そんなこと考えている暇はない。とにかく藤崎くんへ、わたしを分かってほしいから。

 「藤崎くん!」

 「……東風、先輩」

 「ごめんね、遅くなった」

 藤崎くんは、屋上から街を眺めていた。
 その切ない瞳からは、過去を後悔していることがとてつもなく伝わってきた。
 わたしは藤崎くんのそばに行く。

 「今日は、話を聞いてほしいの」

 「はい、聞きます。でも僕の話はしてほしくない。先輩をまた傷つけるのが怖いから」

 「うん、今日はわたしの話をするだけ。気持ちを聞いてほしいの」

 そう言うと、藤崎くんは心から頷いてくれた。
 すー、はー。大袈裟に呼吸をして、口を開いた。

 「わたし、前にも言ったけど、人と関わるのが怖いの。また大切な人を失ったら、もう生きていけないと思う。だからわたしは、必要以上に人と関わらないって決めた」

 「……はい」

 「でも、最近思うんだ。誰かと一緒に何かをやるって、こんなにも楽しいんだって知らなかった。わたしは、逃げていただけなんだって気づいたの。それは、わたしの大切な人たちが気づかせてくれた」

 藤崎くんは、わたしの目を見つめて、真剣に聞いてくれている。

 「今なら思えるの。大切な人たちと、一緒に歩んでいきたいなって。もちろんまた誰かを失うのが怖いけど、それを恐れていたら、何もできない」

 「……先輩の言うことは、間違ってない。でももし、また誰かを失ったら、どうするんですか?」

 「それは、そのときにならないと分からない。変わらず生き続けるのか、後悔しながら生きるのか、それとも諦めるのかーー」

 「だったら、最初から逃げたほうがいい!! 僕みたいに手遅れになる前に!! 自分のせいで誰かを傷つけたっていう責任を取りながら生きるのは、すごく辛いんですよ!!」

 藤崎くんは、そっと涙を流した。
 透明で、繊細な雫のような涙だった。

 「わたし、親友とおばあちゃんを亡くしたって言ったでしょ。親友は、学校を休んだわたしにプリントを届けようとして、トラックに轢かれた。おばあちゃんは、誰も気づかないで、孤独死した」

 口にすると、自分が壊れてしまいそうで怖かった。
 でも、わたしはここに立ち続けている。自分の気持ちを話すことができる。だから、大丈夫だ。

 「わたしも藤崎くんと同じで、自分のせいでふたりを失ったの」

 「……それは先輩が直接傷つけたわけじゃないんでしょ。それに、僕みたいに責任を取るわけじゃないしーー」

 「でも、ふたりはもうこの世にいないんだよ。もう会えない。いくら足掻いても、もう話すことはできない。藤崎くんが傷つけてしまった相手は、今も生きている。……わたしよりよっぽどいいじゃん!! だってまだ終わってないんだよ。謝ればいいんだよ!!」

 そう言うと、藤崎くんは、ハッ、として口を閉じた。
 一度言い出してしまったら、自分の気持ちが止まらなかった。

 「その子に会いに行けば良い!! 後悔しているなら、ちゃんと気持ちをぶつければいい!! わたしみたいに、もう取り返せないわけじゃないの!! だから藤崎くんは、まだやり直せるんだよ!!」

 ハァ、ハァと息が切れる。
 海のようにしょっぱい涙が、頬につたった。
 こんなにも感情というものを人にぶつけたのは、初めてだった。

 「僕が、会いに行けばいい……」

 「そうだよ。藤崎くんが後悔しているなら、もう一度やり直したいと思っているなら、会いに行けばいい。わたしはそう思う」

 「……ごめんなさい。僕、先輩の気持ちを知らずに、弱音ばかり吐いて……」

 「わたしこそごめんね。藤崎くんはすごく優しいんだよ。だからずっと、心に後悔が残ってるんだよ」

 すると、藤崎くんは優しく微笑んだ。

 「それなら、先輩もそうです。優しいから、ずっと親友とおばあさんのことを忘れられないんでしょ」

 「ふふっ、そうだね。わたしたち、優しいんだね」

 わたしは、涙を手で拭いながら笑った。

 「ありがとうございます。少し、勇気が出ました。自分なりの方法を考えてみます。……だから、また相談乗ってくださいね」

 「うん、もちろん。わたしで良ければ、いくらでも聞くよ」

 空には、雨が降っていないのに、虹が出ていた。
 もしかしたら結依とおばあちゃんからの、わたしと藤崎くんへのご褒美かもしれない。

 「藤崎くん、ありがとうね。ーーこれがわたしの、本当は誰かに言いたかったこと」

 そう言うと、藤崎くんは以前よりも眩しい笑顔で微笑んだ。

 「……そういえば、もうすぐ文化祭ですよ。先輩、エッセイは出来てるんですか?」

 「あっ、ま、まだだった! 急いで終わらせないと」

 「来週の月曜日が締め切りですからねっ」

 「そ、そうだった! 急ぎます!」

 わたしたちは、同時に噴き出した。笑い声が、誰もいない屋上へ響く。
 そして、自分たちの居場所になっている部室へ戻った。