きみと見つけた物語

 教室という扉の入り口は、わたしにとって苦痛でしかなかった。
 まるで水のなかで溺れているみたいに、息が詰まる。
 だけどここで引き返してはいけない。もし引き返したら、今後同じように逃げ出したくなるから。
 何があっても、ここをくぐり抜けなければならない。わたしは、足を一歩前に出す。
 いつものように、ふたりの女子がわたしのもとへ駆け寄ってきた。

 「希空、おはよう!」

 「おはよー!」

 「ふたりとも、おはよう」

 ポニーテールを揺らす、いわゆる一軍女子の松崎 優花(まつざき ゆうか)
 髪を茶色に染めていて、化粧バッチリな鈴木 美波(すずき みなみ)
 先週の始業式の日話しかけてくれたことがきっかけで、関わるようになった。

 「ねぇ、希空。あたし昨日課題やり忘れちゃってさー」

 優花が爪をいじりながらそう言う。
 言われなくても、わたしに何をしてほしいのか分かってしまう。
 わたしは黙って課題のノートを渡した。

 「ありがと、さすが希空!」

 「え、ウチも写していい?」

 「うん、いいよ」

 美波の問いにそう答えたとき。

 「それ、東風(はるかぜ)さんのノートよね?」

 「え? は、はい」

 突然、学級委員の子に話しかけられた。
 ……名前は確か、大橋 郁乃(おおはし いくの)さん。
 大橋さんは掛けている眼鏡をクイッと上げて、わたしのノートを手に取った。

 「今日、わたしが課題のノートを集めるので。回収させていただきます」

 「ちょっと待ってよ、あたしたち、まだ写させてもらってないんだけどー」

 「課題は自分でやるものです」

 そう言って、大橋さんは去っていってしまった。
 優花と美波は、大橋さんをずっと睨みつけている。わたしの課題を写し忘れたことに、相当腹が立っているのだろう。
 その場の空気が悪くなり、わたしはまた、息が詰まるように苦しくなる。

 「何あれ、うざすぎない?」

 「それなー。学級委員だからって、ちょっといい子ちゃんぶってるよね」

 「そうそう。ねぇ、希空もそう思うでしょ?」

 来た。いつもの言葉。
 ふたりはいつも、そうやって味方を付けようとする。
 だからわたしは、逆らえない。

 「……うん。そう思う」

 ……大橋さんは、すごいな。
 わたしは、あんなふうにはなれない。
 自分の気持ちを素直に話すことが、伝えることが、怖いから。
 わたしが我慢していれば、誰も傷つかなくて済むから。
 もう誰も、失いたくないから。