「ただいま」

 「希空、おかえり……って、どうしたの? すごく暗い顔してるけど」

 「ちょっと疲れてるだけだよ」

 わたしは帰宅後、すぐに自分の部屋へ向かう。
 ベッドで横になりながら、頭のなかで考えた。
 ……藤崎くん、すごく後悔しているみたいだった。
 きっと、わたしと同じなんだと思う。自分のせいで、ふたりを失ったわたしのように。
 関係ないわたしに口出しされて、藤崎くんは嫌な思いをしたかもしれない。

 「希空、ちょっといいかな」

 「え……おじいちゃん? 大丈夫、だけど」

 「そうか。じゃあお邪魔します」

 丁寧に挨拶をするおじいちゃんが何だかおかしくて、笑ってしまう。
 同時に、おじいちゃんも優しく微笑んだ。

 「希空、今日誰と出かけてきたんだい?」

 「……部活の後輩だよ」

 「そうか。その様子だともしかして、男の子かな」

 「う、うん。でも別に付き合ってるわけじゃないよ」

 誤解されたら困るから、ちゃんとそう言っておく。
 わたしに恋人ができたと勘違いして、心配してくれたのだろうか。

 「今日、何かあったか?」

 「……え?」

 「おじいちゃんには分かるよ。何か悩んでいることがあれば相談しなさい。母さんや父さんには言いにくいだろう」

 「おじい、ちゃん」

 いいの、と言ったわたしの声は、自分でも分かるくらい弱々しかった。
 わたしはおじいちゃんに今日のことを全て打ち明けた。
 藤崎くんの過去のこと、わたしがずっと引きずっている過去のこと、藤崎くんを傷つけてしまったこと。
 おじいちゃんは腕を組み、真剣に相槌を打ちながら話を聞いてくれた。

 「わたし、藤崎くんを本気で傷つけちゃったよね。どうしたら、いいんだろう」

 「きっと、傷ついてはいないよ。彼は、希空を傷つけてしまうと判断したから、帰ってしまったんだよ。大声になったのも、自分の気持ちに正直になった証拠だろう?」

 「……うん」

 「どうしたらいいのかは、希空が自分で答えを見つけるしかない。大丈夫、希空が彼のためにしたいと思ったその行動は、きっと彼にとって光になったはずだよ」

 わたしがした行動は、藤崎くんにとっての光になった。
 そうだとしたら、すごく嬉しい。たとえずっと抱えている悩みが消えないとしても、少しでも心が軽くなったのなら。

 「でもひとつだけ、おじいちゃんから言えることはある」

 「うん、聞くよ。なに?」

 「希空、其奴(そやつ)のことが相当好きなんだなぁ」

 え、と声を出してしまう。
 其奴……って、藤崎くんのことだろうか。
 わたしは「違うよ!」と言って慌てて訂正する。

 「わたし、藤崎くんのことが好きなんてひとことも……!!」

 寧音ちゃんだけではなく、おじいちゃんまでそんなことを言い出すなんて。
 わたし、恋愛なんてしていないのに。
 そう思っていると、「ぶはっ」とおじいちゃんが豪快に噴き出した。

 「そんな慌てることもないだろう」

 「だ、だって」

 「希空、話を聞いていたら分かるんだよ。希空が秘めている、彼への想いは」

 おじいちゃんに言われて、わたしは気がつく。
 たびたび過去にあった、胸が高鳴るあの気持ち。
 あれは藤崎くんに対する、好きという気持ちだったのかもしれない。
 恋愛をしたことがないから、そんなこと全く分からなかった。
 その途端、家族で恋愛の話をしているのが恥ずかしくなる。

 「おじいちゃんだけじゃない。今日の希空の気持ちは、彼にもきっと届いていたはずだよ」

 そう言って、おじいちゃんは部屋を出ていった。
 そうだ。藤崎くんは本音を話してくれたけれど、わたしは話せていない。自分の気持ちを、正直に。
 だからまず、もう一度話さないと。
 わたしはスマートフォンを開き、タタタッと文字を打ち込む。

 『藤崎くん、今日はありがとう。明後日の部活のときに話したいことがあるんだけど、いい?』

 『こちらこそ。分かりました』

 ちゃんと心から話し合おうと、そう決心した。