約束の日曜日になり、ずっとソワソワして落ち着かない。緊張しているとも言える。
 異性と出かけるなんて初めてだ。それも後輩とだなんて、信じられない。
 ……これはデートなのかな。それとも、前に言っていた小説のアイデア探し?
 ガタゴト揺れる満員電車に乗りながら、そんなことを考えていた。

 待ち合わせ場所へ着くと、時計をチラチラ見ている藤崎くんがいた。
 緊張からか、手汗がにじみ出てきてしまった。
 荒れそうなほどゴシゴシと服で拭いて、藤崎くんのところへ駆け寄った。

 「藤崎くん!」

 「あ、先輩」

 「ごめんね、待たせちゃった?」

 「いえ、今来たところなので!」

 藤崎くんは黒色のロングコートを来ていて、いつもよりも大人っぽく見えてしまい、一瞬ドキッとする。
 別に、藤崎くんのことを好きだと思っているわけじゃないし……!
 自分の心にそう言い聞かせて、気持ちを落ち着かせる。

 「きょ、今日、どこ行くか決まってるの?」

 声が上擦ってしまったけれど、藤崎くんはそんなの気にしない様子で、口を開いた。

 「うーん、実は決まってないんだよね。先輩行きたいとこあります?」

 「特に、ないよ」

 「じゃあ適当に歩きますか。ここらへんはいろいろあるし。行きましょう、先輩!」

 わたしは、藤崎くんの少し後ろで歩き出す。何だかカップルでもないのに隣に並ぶのが恥ずかしいから。
 わたしが車道側を歩いていると、藤崎くんがサッと場所を変えてくれた。こういうさりげない優しさが素敵だなぁと思う。

 「わぁ、先輩、見て見て! 紫陽花が綺麗!」

 「本当だ。もう六月間近だもんね」

 「そうですねー。先輩は紫陽花、何の色が好き?」

 「え……紫、かな」

 紫陽花という漢字も、紫が入っている。だから紫陽花は、紫色が一番綺麗だと思う。
 藤崎くんは青色が好きみたいで、わたしとは意見が合わなかったけれど。

 「……いいなぁ、花って。みんなから綺麗って言われるんだもん」

 「え、先輩、綺麗って言われたいんですか?」

 「ち、違う! そういう訳じゃないよ。ただ、みんなから認められてるっていうのかな。それが羨ましいなぁって思って……。花に嫉妬だなんて、わたしどうかしてるね」

 えへへ、と癖で笑いを付け足す。
 ……本当に、わたしは馬鹿みたい。藤崎くんも変に思ったかな。
 そう思ったけれど、藤崎くんはずっと、紫陽花を見つめていた。

 「確かに、分かるかも」

 「えっ」

 「こんなふうに、自由に、綺麗に、美しく咲く花が羨ましい」

 紫陽花を見つめる藤崎くんの横顔にドキッ、としてしまった。
 その顔は花に負けないくらい綺麗だよ、と思ったけれど、その気持ちは心の扉へ閉まう。

 「ねぇ先輩、年下と同い年と年上、付き合うならどれがタイプですか?」

 「えっ……何で急に!?」

 「別に気になっただけです。僕じゃなくて、椎橋さんが」

 寧音ちゃんが知りたいなら仕方がないか……と思う。
 恋人にするなら、どの年齢の人がいいのか。クラスメイトの女子はそういう話をしているのをよく聞くけれど、わたしは考えたことがなかった。

 「うーん。わたしは、好きになるのに年齢とか関係ないかな」

 「うわっ、ずるい! それはずるいですよ!」

 「そう言われても……。藤崎くんは?」

 「僕は年上です。甘えたいタイプなので!」

 甘えたいタイプ。なるほど。
 それを聞いた途端、藤崎くんが飼い主に甘えている子犬のように見えてきて、何だかおもしろかった。