きみと見つけた物語

 家に帰ってからも、わたしはずっと悩んでいた。
 本当にわたしの経験した思いを、エッセイとして作品にしていいのだろうか。
 親友を亡くしたときの思い。
 おばあちゃんを亡くしたときの気持ち。
 大切な人ばかり失ってしまったという感情。
 それは、誰かに届くものなのだろうか。誰かの支えになるのだろうか。
 そう考えると、わたしは本当にエッセイでいいのかと思ってしまった。

 「希空、ちょっといい?」

 お母さんが部屋のドアをノックして、そう言った。
 わたしは「いいよ」と答える。

 「今、少し時間ある?」

 「うん、あるけど。どうしたの?」

 お母さんが部屋に入ることなんて滅多にないから、何かあったのだろうか。
 するとお母さんは、見たことがないくらい真剣な表情になる。

 「おじいちゃんがね、肺の病気になったらしいの」

 その言葉を聞いて、血の気が引いた気がした。

 「……え?」

 「今すぐ入院、ってわけじゃないのよ。でもN病院に通うことになって」

 N病院というのは、この近くにある、大きな総合病院だ。
 事態が呑み込めず、上手く呼吸ができない。

 「おじいちゃん、毎週土曜日に病院へ通うことになったみたいで。でもお母さん、仕事じゃない? だからもし希空が良ければ、一緒に行ってあけてほしいの」

 そんなの、当たり前だ。
 お母さんが仕事で、お父さんもほぼ毎日仕事でいないのだから。
 わたしがやらなければいけない。わたししか、できないこと。

 「うん、もちろん」

 「良かった。ありがとう、希空」

 「……うん。おじいちゃん、本当に大丈夫なんだよね?」

 もう、わたしは誰も失いたくない。絶対に。
 お母さんは笑顔で口を開いた。

 「大丈夫よ。おじいちゃんも早く元気にならないと、って言ってるから」

 「……そっか。それなら良かった」

 わたしは胸を撫で下ろす。
 本当に安心した。病気になってしまったのは、もちろん悲しいけれど。
 お母さんは、わたしの頭を優しく撫でた。

 「希空、やっぱり、まだ忘れていないの? 結依ちゃんと、おばあちゃんのこと」

 ドクン、と心臓が跳ねる。
 お母さんとこの話をするなんて、たぶん初めてだ。

 「……うん。ずっと、心に残ってる。自分のせいでふたりがいなくなってしまったことを後悔しているんだと思う」

 「そうなのね。ごめんね、お母さん、希空がこの話をすると辛くなると思って、無理やり笑顔を保ってたの。でもそんなことをしても、希空の悩みは消えないよね」

 お母さんは、分かっていたんだ。
 でもわたしの為を思って、明るく接してくれていた。
 今までお母さんにイライラしてしまったことを悔やむ。

 「わたしこそ、ごめんなさい。お母さんは、おばあちゃんのこと、忘れたわけじゃないんだよね?」

 「……もちろん。わたしにとって、お母さんなんだもの。実の母を忘れるなんてできないに決まってるでしょう」

 お母さんは、おばあちゃんを忘れているわけじゃなかった。
 わたしを大切にしてくれているから、おばあちゃんの話をしなかっただけ。
 そんな当たり前のことを、何故今まで分からなかったんだろう。

 「うん、そうだね。ありがとう、お母さん。話を聞いてくれて」

 「お母さんこそ、希空の気持ちを聞かせてくれて、ありがとう」

 お母さんの気持ちを聞くことができて、良かった。
 ……エッセイには、家族の話も書こうかな。
 前よりも、胸のあたりがあたたかく感じるようになった気がした。欠けていたハートが、少しずつ戻っていくように。