放課後になり、部活に行く準備をしていてふと思う。
 今日はずっと、藤崎くんのことを考えていたなぁ、なんて。
 それにどうして優花や美波に紹介してと頼まれたとき、頷けなかったのだろう。
 ……わたし。もしかして、藤崎くんに何か特別な感情があるのかな。
 そんな考えが頭によぎり、ブンブンと首を横に振る。
 そんなわけがない。わたしは大切な人を作るのが、怖いのだから。

 「結依とおばあちゃんだったらこんなとき、なんて声を掛けてくれるの?」

 窓から空を見上げて、気づいたらそう口にしていた。
 相談相手がいないって、やっぱりさみしい。
 ふたりだったらきっと、わたしの言葉を否定しない。それが希空の気持ちだよ、って言ってくれるんだろうな。
 そう思いながらわたしは、小説研究部の部室へ向かった。

 「こんにちは」

 「東風さん、こんにちは」

 「あ、沢田くん」

 珍しい。まだ藤崎くんと寧音ちゃんが来ていないなんて。
 沢田くんはあまり自分から話さないほうだから、ふたりの空間なんて初めてかもしれない。
 しーん、と静かな空気が気まずくなる。

 「あ、あの、沢田くん。去年の期末でさ、一位だったよね」

 「うん」

 「すごいね。沢田くんって勉強が好きなの?」

 「……別に、好きというわけではない。ていうか嫌いだよ」

 優等生も、そういうものなのか。
 そう思ったけれど、沢田くんの切ないような悔しいそうな表情を見たら、何だか聞いてはいけない気がした。
 元気な声で「こんにちはー!」という声が聞こえて振り向くと、藤崎くんだった。

 「沢田先輩はいつも通り早いですねぇ。東風先輩も今日は来るの早いですね!」

 「うん、早くここに来たかったの」

 「そうなんですか?」

 「わたし、教室があまり好きじゃないから。でもこの部室は好き。居心地が良い」

 教室では、優花や美波に、気を遣わなければならない。
 でも、この部室はみんなあたたかくて、好き。
 わたしの唯一の居場所になっていた。

 「あっ、椎橋さん、早退したみたいです」

 「え、そうなの? 大丈夫かな?」

 「うーん、メッセージ送ってみたらどうですか?」

 そう言われてハッ、と気がつく。
 わたし、寧音ちゃんだけじゃなく、部員と連絡先交換していない。
 藤崎くんや沢田くんもしていなかったみたいで、わたしたちは一斉にスマートフォンを取り出す。

 「俺ら、馬鹿みたいじゃね」

 「あははっ、そうですねー」

 わたしたちは、連絡先を交換した。
 『悠』『和真』と名前が追加される。
 藤崎くんは寧音ちゃんとは連絡先を交換しているみたいで、わたしにも教えてくれた。
 藤崎くんは寧音ちゃんと同じ中学校だったらしい。

 「あれ、でも……藤崎くん、家から学校遠いって言ってなかったっけ」

 「あぁ、そうですよ。椎橋さんも何か事情があって、遠いけどこの学校を選んだみたいです」

 寧音ちゃんももしかして、過去に何かあったのだろうか。
 わたしの、考えすぎかな。
 そう思いながらも、寧音ちゃんにメッセージを送った。