藤崎くんが教室から帰ったあとも、わたしはふとひとりで悩んでいた。
 前に言っていた、何かあったという過去の出来事はいったい何なのか。それのせいで、藤崎くんのなかの何かが、崩れてしまったのだろうか、とか。
 わたしも、そうだから。
 わたしも、おばあちゃんや親友が亡くなったことで、大切な人を作らないと決めたから。
 それくらいのことが、藤崎くんにもあったのかもしれない。

 「ねぇねぇー、希空」

 そんなことを考えていると、優花と美波が話しかけてきた。
 今日提出の課題のことだろうか。また、終わっていないから見せてほしいと頼みに来たのかな。

 「さっきの子、誰!?」

 「……へ?」

 「後輩だよねっ!? 何であんな子と知り合いなの!?」

 ふたりにグイグイ来られて質問攻めされる。
 ……あぁ、藤崎くんのことか。
 きっとふたりは、藤崎くんのことをイケメンだと思ったのだろう。

 「藤崎悠くん。部活の後輩だよ」

 いや、部長だと言うべきだろうか。
 それはふたりに誤解を招く気がして、慌てて口を閉じた。

 「えぇ、その、なんだっけ。小説研究部の!?」

 「あんな可愛い子がいたなんてー! 紹介してよ、希空!」

 「……紹介?」

 どういう意味なのか分からず、わたしは問いかける。

 「あたし、彼氏募集中だからさ! あの子狙っちゃおっかなー」

 「えー、ウチも気になる! 前から良いと思ってたんだよねぇ、年下の彼氏」

 「美波、大学生の先輩と付き合ってなかったっけ?」

 「あぁ、中野(なかの)先輩ね。春休みに別れたよー」

 また、ふたりでわたしの知らない話をし始める。
 ……藤崎くんを紹介、か。
 ていうかまず、藤崎くんに彼女とかいるのだろうか。もしいたら、紹介なんてダメだと思う。
 そのとき、胸がズキン、と痛んだ。ハートが少しずつ、欠けていくみたいに。
 ……なにこの、痛み。わたし、どうして傷ついてるの?

 「それでさ、今日あたしたち部活ないの! だから小説研究部の部室行ってもいい!?」

 「ウチも行く! お願い、希空ー!」

 いつもだったら。
 わたしは、頷いていた。
 でも何故か、これだけは絶対に嫌だと思った。

 「……ごめん。藤崎くん、す、好きな人いるみたいでさ」

 気がついたら、そんな嘘を吐いていた。
 ふたりは残念そうに「えー」と声を上げる。

 「だから、紹介はできないかな。本当に、ごめんね」

 「まぁ、好きな人いるなら仕方ないよねー」

 「違う人見つけるしかないかー」

 そう言って、ふたりは席に戻っていった。
 どうしてわたしは、あんなふうに答えてしまったのだろう。
 ……わたし、藤崎くんのこと、どう思っているのかな。
 自分自身に問いかけても、答えは返ってこなかった。