ゴールデンウィークに突入し、数日が経ったころ。
 お母さんが真剣な顔で、わたしにこう言った。

 「希空、今日時間ある?」

 「あるけど」

 「今度、おばあちゃんの一周忌があるの。今日おじいちゃんとお墓参り行くわよ」

 ーー……あぁ、ついに来てしまったのか。
 一周忌というのは、故人が亡くなってからちょうど一年だということ。
 つまり、おばあちゃんが亡くなってからもうすぐ一年が経つ。
 おばあちゃんが亡くなって、まだ一年しか経っていないという事実に驚かされる。

 「……うん、分かった」

 「昨日買ったお花、玄関に置いてるから、お願いね。お母さんたちはお線香持っていくから」

 お墓は、ここから近くにある。徒歩五分くらいだ。
 わたしはお母さんに「先行ってるね」と声を掛けて、外を出る。
 今日は快晴だ。あの日も、晴れていた。
 空を見上げると、胸がぎゅっと締め付けられて、息苦しくなる。
 たすけて。誰か、わたしを支えて。
 こんなに苦しくて、辛いのに。どうしてわたしのそばには誰もいないの? 何で大切な人ばかりいなくなってしまうの?

 「え、東風先輩?」

 「……っ! ふじ、さき、くん?」

 目の前には、初めて見た、私服姿の藤崎くんがいた。
 黒色のパーカーと、ジーンズ。見慣れない私服姿の藤崎くんに、一瞬だけドキッと鼓動を感じてしまった。
 視界がぐるぐると回る。倒れそうになるわたしの体を、慌てて藤崎くんが支えてくれた。

 「ごめ、んね」

 「謝らないでください。立てます?」

 「うん」

 公園のベンチに座らせてくれて、自販機で水も買ってきてくれた。
 わたしは「ありがとう」と言いながらペットボトルを受け取る。
 たらりと垂れる水。日差しに掲げると、きらきらと輝いて見えた。

 「先輩、どうしたの……って、あまり事情は聞かないほうがいいですか」

 「ううん……聞いて、ほしい」

 あぁ、まただ。どうしてだろう。
 彼だけは、わたしの本当の姿を見せれる。本音を話せる。

 「……おばあちゃんが亡くなってから、もうすぐ一年が経つの。今日もこれからお墓参りに行く。それで、何か呼吸ができなくなっちゃって」

 「そう、なんですね」

 「ごめんね。わたし、先輩なのに、こんな姿見せちゃって」

 本当に情けない。
 そう思っていると、藤崎くんはわたしの頬を軽くペチッと叩いた。

 「何言ってるんですか! 小説研究部では僕が先輩ですよ、部長なんですから!」

 「……え、そこ?」

 おばあちゃんのことで何か言われるのかと思ったから、びっくりした。
 胸を張りながら真剣に言う藤崎くんが少しおかしくて、笑ってしまう。

 「それでいいんですよ」

 「え?」

 「この世の終わりみたいな顔してたら、おばあさんも悲しむと思いますよ! だから、東風先輩は笑っててください」

 にこっ、と笑う藤崎くんが、何故かいつもよりもきらきらと輝いて見えて。
 それは眩しい日差しのせいなのか、目眩のせいなのかは分からない。
 わたしは、頷いた。

 「じゃあ僕はそろそろ行きますね」

 「あっ、う、うん。本当にありがとう」

 藤崎くんは、ひらひらと手を振って走り去ってしまった。
 わたしは、見えなくなるまで藤崎くんの背中を見つめていた。