気づけばもう四月も半分が終わり、あともう少しでゴールデンウィークの時期。
 ゴールデンウィークは学校に行かなくていいのが利点だけど、家にいる時間が多くなるのは苦痛だ。
 春の風を感じながら学校へ向かう。
 教室の目の前まで来て、ふと思う。前よりも頭痛や吐き気が軽くなった気がする。それはわたしにとって、とても嬉しかった。

 「あ、おはよー、希空」

 「おはー」

 「おはよう」

 いつものように、スマートフォンをいじっている優花と美波に挨拶を交わす。
 荷物を片付けようとすると、「えー!」というふたりの叫び声に驚いてしまう。

 「どうかしたの?」

 「中学のときの担任が、結婚したらしくてさー! ほら、あたしたち、中学一緒じゃん?」

 「そうそうー。びっくりだよねー」

 そうか。頭のなかで、ピンと閃く。
 優花と美波はA中学校で、わたしはB中学校。そしてこの高校はC中学校にも人気だ。
 ふたりは同じ中学だけど、わたしだけ違うんだった。

 「ねぇねぇ、覚えてる? 二年のとき、”むっちゃん“が誕生日でサプライズパーティーしたよね!?」

 「あー、懐かしい! それで課外授業という名の鬼ごっこしたよねー」

 「いやマジ懐かしいねー」

 ……もし、わたしが優花か、美波だったら。
 グループの誰かひとりが孤独になるような話なんて、絶対にしない。
 なのに、ふたりはわたしなんて構わずわたしの知らない話を続ける。
 気遣いをしてほしいとか、優しくしてほしいとか、そういうわけじゃない。
 ただわたしだけ輪に入れていないのが、少し惨めだと感じるだけ。

 「……む、”むっちゃん“って、なにー?」

 やっと出した声は、自分でも分かるくらい弱々しかった。

 「あー、”むっちゃん“は結婚した先生のあだ名」

 「そ、そうなんだ。仲良いんだねっ」

 なるべく明るく、笑顔を振りまくように。
 そんな息が詰まることを考えていると、誰かにポンポンと肩を叩かれた。

 「東風さん」

 「……大橋さん」

 冷たい氷のように透き通っている瞳。見ると背筋がヒヤッとする。
 優花や美波も、ピタリと話を止めた。
 大橋さん、急にどうしたんだろう。怒らせることはしていないと思うんだけど。

 「東風さんって、本当変な人ですよね」

 「え?」

 「いつもヘラヘラ笑って無理してるじゃないですか。今日なんて話に入れていないのに、無理やり会話するなんて。あなたは馬鹿なんですか?」

 唐突の冷たい言葉に胸がチクリと痛む。
 大橋さんの言うことに間違いはない。確かにわたしは、無理をしているから。
 でも、そう言われてもわたしは何も変わらない。

 「ちょ、なにー? 学級委員さん」

 「希空が無理してるなんていつ言った?」

 「グループ違うくせに、勝手に話入ってこないでよ」

 「そうだよー。盗み聞きじゃん」

 あははっ、とおもしろそうに笑うふたり。
 別にふたりは、わたしを本気で庇ってくれているわけではないのだろう。
 ただ学級委員の大橋さんが、ムカついただけ。

 「別に松崎さんや鈴木さんには聞いていません。……東風さんは、仲間はずれにされても、この人たちと友達なんですか?」

 「……え?」

 大橋さんの目は、真剣だと言っていた。
 わたしは今、仲間はずれにされていたのか。
 どうなんだろう。別にわたしは、何も思わない。悲しいという感情も、寂しいという気持ちも、心の扉に閉ざしているから。
 わたしは何も言わずに、何も答えられずに、笑みを浮かべた。

 「そうですか」

 そう言って、大橋さんはスタスタと歩いていってしまった。

 「なにあれー、うざ」

 「希空、気にしなくていいんだからね。あんなの間違ってる」

 「……うん。ありがとう」

 わたしは、大橋さんが羨ましい。
 大橋さんみたいに、何も怖がらずに思ったことを言えるのなら。
 自分の気持ちを、素直に誰かに話すことができるのなら。
 何かが、変わるだろうか。