「あれ、東風先輩?」

 「……藤崎くん」

 部活が終わった帰り道、偶然藤崎くんに会った。
 ……これ、もしかして。一緒に帰る流れ?
 そう思っていると、藤崎くんは「あははっ」とおもしろそうに笑った。

 「先輩、めっちゃ嫌な顔するじゃん!」

 「……え。わたし、そんな顔してた?」

 「してましたよー!」

 そんな顔したつもりないのに。鏡を見ると、自分でも見たことがないくらい、顔が青白かった。不健康な白さだ。
 ……わたし、こんな顔してたのか。
 ふと、藤崎くんが持っているスクールバッグに目がいった。
 少しボロボロでつぎはぎになっていて、何だか気になってしまった。

 「藤崎くん、そのバッグ……どうしたの?」

 「あぁ……これ? 中学のときからずっと使ってるんですよー。だからボロボロになっちゃって」

 そう言いながら笑みを浮かべる藤崎くんは、何だか無理しているような気がした。
 でも聞いてはいけない気がして、わたしは口を慎む。

 「ていうか先輩、帰り道こっちなんですか?」

 「うん、そうだよ。藤崎くんも?」

 「はい。僕、電車通学なので。学校から家ちょっと遠いんです」

 わざわざどうして遠くの学校に通っているのだろうか。
 そう思ったけれど、わたしは何も聞くことができなかった。

 「ねぇ、先輩」

 「ん?」

 「もしかして過去に、何かあった?」

 その言葉に胸がうずまくようにドキッ、としてしまう。
 ……どうして、分かるの。
 わたしは彼の目を見て、すぐに俯く。

 「……何で、そんなことを聞くの?」

 「んー、何となく、そんな感じがした。僕と同じっていうか」

 「え?」

 思わず、聞き返してしまう。
 同じってことは、藤崎くんも過去に何かあったということ。
 意味が分からず、ぽかーんとしていると。

 「僕も中学時代、いろいろあったんです」

 「……そうなの? そんなふうには、見えないけど」

 「まぁ、僕のことはどうでもいいじゃないですか! 先輩は何があったの?」

 ……この人は、どうして自分のことを突き放すのだろう。
 それはもしかしたら、過去に何かあったというその出来事が関係しているのかもしれない。
 藤崎くんのなかの何かを変えてしまった、そんな出来事が。
 そう考えているうちに、心にあるモヤモヤが口のなかから込み上げてきて、自然と口が開いた。

 「わたし……大切な人を亡くしてるの。親友と、おばあちゃん。だから人と関わるのが怖い」

 「……はい」

 「藤崎くんに部活誘われたときも、今も変わらない。誰かを失うんじゃないかって思うと、逃げ出したくなる。……でも、逃げたらきっと、戻れないから。だから家でも教室でも我慢して、過ごしてる。それがものすごく辛い」

 自分でも驚くくらい、スラスラと言葉が出てきた。というより、今思っているそのままの気持ちを言うことができた。
 何故だろう。今まで誰にも悩みなんて、弱音なんて吐かなかったのに。
 後輩なのに、まだ出会ったばかりなのに、どうして自分のありのままの姿を見せれるのだろう。

 「大丈夫」

 「……え?」

 「僕は、いなくならないので。東風先輩の、隣にいるので。約束します」

 何を言い出すの。
 そう思って藤崎くんの目を見ると、真剣だということが真っ直ぐに伝わってきた。
 その言葉が、わたしの胸にズシンと響く。

 「……いなく、ならないでね」

 夕焼けに眩しく照らされるなか、気が付いたらわたしは、そう答えていた。