キーンコーンカーンコーン。
 放課後のチャイムが鳴り、わたしは小説研究部の部室へ向かおうとした。
 けれど、優花や美波に引き止められた。

 「あれ、希空って部活入ってないよね?」

 「あ……えっと、実は昨日から小説研究部に入ることにしたの」

 「え、小説研究部? そんな部活この学校にあったっけ?」

 「後輩の子から誘われて、新しく作ったんだ」

 そう言うと、ふたりはぷっ、と小さく噴き出した。

 「何か、陰キャの集まりって感じだねー」

 「それな。あっ、別にその部活を馬鹿にしてるわけじゃないよ?」

 「そうそう。ただ、あたしたちには合わないねーって」

 胃のあたりがモヤモヤして、気持ちが悪くなる。
 この人たちは何が言いたいのだろう。馬鹿にしてるわけじゃないなら、どうして笑ったのだろう。
 そう思ったけれど、言葉にすることはできなかった。

 「まぁ、頑張ってねー」

 「また明日ー」

 「……うん、またね」

 気分が悪くなってしまったから、本当はこのまま帰りたい。
 そう思ったけれど部活をサボるわけにはいかなかったので、わたしは重い足を前に出し、何とか部室へ向かった。
 ドアをガラガラッと開けると、藤崎くんがわたしのところへ駆け寄ってくる。
 
 「東風先輩ー!」

 「……こんにちは、藤崎くん」

 その途端、ふっ、と心が軽くなった。
 まるで何かに取り憑かれていたものが、一瞬でなくなったかのように。どうしてかは分からないけれど。
 ただ、スキップして明らかに嬉しそうな藤崎くんを見たら、少し楽しいと思った。

 「そういえばこの部の副部長って誰なの?」

 「俺」

 沢田くんが読書をしながら短く答える。
 この人のポーカーフェイスが崩れることってあるのだろうか。
 
 「あっ、こんにちは、希空先輩!」

 「えっ」

 そんなことを考えていると、椎橋さんが挨拶をしてくれた。
 自分の名前を呼ばれて思わずびっくりしてしまう。
 名前で呼ばれることに、あまり慣れていないからだろうけど。

 「あっ、す、すみませんっ。名前呼びなんて、馴れ馴れしいですよね……。呼び方、苗字のほうがいいですか」

 「わたしこそごめんね、ちょっとびっくりしただけ。全然名前で大丈夫だよ」

 「ありがとうございます……! わたしも、名前で大丈夫ですっ」

 椎橋さんーー寧音ちゃんは、目を輝かせてそう言った。
 すると藤崎くんは、満足そうに笑みを浮かべながらわたしを見た。

 「先輩、この部活に馴染んでて良かったです!」

 「……そう?」

 「はい! だって誘ったとき、この世の終わりみたいな顔してたから。今もまだ暗いけど、前よりは明るくなった気がする」

 藤崎くんは、いつも明るくて元気で羨ましい。
 悩みとか、葛藤とか。そういうものは自分のなかで、ないのだろうか。
 そんな人がこの世にいるなんて、本当に羨ましい。……ずるい。
 そんな最低なことを思ってしまっている自分がいた。

 「そう、だね」

 「はい!」

 藤崎くんだけじゃない。沢田くんや寧音ちゃんも、本当にいい子たちだと思う。
 だからこそ、自分が惨めな気持ちになってしまう。
 性格が暗くて、マイナス思考のわたしはこの部活に適しているのだろうか、なんて考えてしまうから。