〝今までなかった出会い、ここなら見つかる〟
 SNSを徘徊すると、この謳(うた)い文句をよく見かけた。

 これがなにかといえば、流行っていると噂のマッチングアプリの広告文。

「今までなかった出会いねえ……」

 苦言を吐き捨てながらも気になってしまう。
 まんまと釣られた私は、つい先ほどマッチングアプリに登録した。

 アプリの中で私の名前は『なごむ』。
 本名が『なごみ』というので、そこから取って『なごむ』にした。こういうのは深く考えたら決まらないから適当に決めるのが一番いいと思う。

 登録したては目新しさに、胸がドキドキ張り詰めてくるような感覚。
 だけど数分後には、今までずっと使っていたかのように、平然と機能を使いこなしていた。

「ふーん。こうやって、同じ趣味の人が一覧で出てきたりするんだ」

 プロフィールに載せる趣味は「映画鑑賞」と入力した。
 本当のところは、休みの日に動画配信サービスで恋愛映画を見るくらい。
 他にこれ!と言える趣味がなくてそう入れただけ。
 そんな適当な気持ちで始めたマッチングアプリ。
 そこで私は今まで会ったことのないような人に遭遇した。

 アプリに登録してしばらく経った頃。
 マッチングに成功して、メッセージのやり取りが続いている男性がいた。
 彼の名前は、『ネクラくん』。
 その名前の通り根暗な性格なのかな?
 最初はそう思ったけど、話してみるとそんなことなかった。普通に話しやすくて、メッセージも楽しく続いている。

《今日、会社で上司に怒られました》
《怒られた記念に、美味しいものでも食べよう!》

 ちょっと気分が憂鬱なときは、こんなふうに前向きに慰めてくれた。
 どう考えても根暗とは思えない。
 ほっと気持ちが和むような日常のやり取りは、しばらく続いた。

 ある日の夜。日課になりつつあるメッセージのやり取りをしながら、そろそろ寝ようかと思っていたときだった。

《今月誕生日なの?》

 そう言われて、部屋に飾ってあるカレンダーに目を向ける。
 赤いペンで丸を囲った日付は数日後。彼の言う通り、もうすぐ私の誕生日だった。

《そうだよー。よくわかったね》
《プロフィールに書いてあったから笑》

 最初に登録するとき、誕生日も入力したんだっけ。
 思い返しながら自分のプロフィールを確認すると、たしかに書いてあった。

《なるほどね。プレゼント待ってます笑》
 なんて送ってみる。もちろん本気じゃなかった。
 ただの冗談で、何気なく言ったはずだったのに……。

《任せて! 実はプレゼント考えてあるんだ》
 すぐさま返ってきたのは、予想していなかった反応。
 まさかこんなにも乗り気で考えてくれていたなんて。
 嬉しいと思う半面、会う約束をしていたわけでもないのに……?と、ちょっと引っかかる。

《いや、本当にいらないよ?》
 私は気を持たせるのもマズいと思い、慌てて返信をする。
 正直、ちょっと怖いと思ってしまったんだ。
 会ってみたいという気持ちはあった。だけど、もしそのプレゼントが高価なものだったとしたら……。
 なんだか、変なプレッシャーに感じてしまいそうで気が引ける。

《大丈夫! 高価なものとかじゃないから。なんなら、賞味期限があるかも笑》
 高価なものじゃないという文面に、ひとまずほっとした。
 だけど次の言葉がすぐに目にとまる。
 ……賞味期限?
 また新たな疑問が浮かぶ。賞味期限があるということは、食べ物や飲み物ということだろうか。
 ある程度日持ちするものといえば、常温保存できるクッキー缶や焼き菓子かな?
 考えてすぐに浮かんだのはお菓子ばかり。
 だって、生ものは賞味期限が極端に短いだろうし……。正直な話、もらってもちょっと困る。
 とはいえ、高価なアクセサリーよりは、食べ物のほうがまだ重荷じゃないかも。
 そんなふうにごちゃごちゃと考えていると……。

《実はもう手元にあるんだ》
 私からの返信は止まっていたのに、追加で送られてきた。
 なんとすでに購入済みらしい。思いがけない行動に呆気にとられてしまう。
 会う予定もないのに先に買ったということ?
 あまりの準備のよさに、ひゅっと心が冷める音がした。なんて返せばいいかわからず、しばらく手が止まる。

《絶対喜ぶと思うよ笑》
 こっちの気も知らずに、また連続で送られてきた。
 そしてなかなかにハードルを上げてくる。ここまで言われると、さすがに気になってきた。

《なんだか悪いなあ。本当にいいの?》
 遠慮がちに申し出ると、すぐさま返信が来た。
《もちろん、俺があげたいだけだから》
 そのあとしばらくやり取りをして、私たちは会う約束をした。
 マッチングアプリの中で、一番話していたのはネクラくんだった。会ってみたいな。という気持ちもあったから。
 それに、こう何度も自信満々にプレゼントのことを言われれば、どんなものかと楽しみになってきている。
 このとき、引き返せばよかった。
 まさかあんなことになるなんて予想できなかったんだ。
 いや、アレは誰にも予想できないと思う。


 それから数日後。お互い休日ということで、ランチをすることになった。
 待ち合わせ場所に着いてしばらくすると、後ろから声をかけられる。

「なごむさんですか……?」

 遠慮がちな声で話しかけてきたのは、同じ年齢くらいの男性。なごむという名前は、このマッチングアプリでしか使っていない。彼がネクラくんだとすぐにわかった。

「は、はい。もしかして……ネクラくん?」
「はじめまして」

 聞き返すと、ゆっくり頷いてからふわりと優しく笑う。
 初めて会った彼は、とても好印象だった。清潔感があるし、私好みの塩顔男子。物腰も柔らかくてモテそうだと思った。
 それから私たちは、ネクラくんが予約してくれたというカフェに入った。
 店内は明るく開放感があり、おしゃれな雰囲気。案内された窓際の席からは、街並みが見える。
 そんな素敵な空間に包まれる中、メニュー表とにらめっこをする。するとある写真が目に飛び込んできた。

「苺フェア……」

 苺のティラミス、苺がたくさんのったパフェ。他にも美味しそうな苺のメニューがあった。

「苺好きって言ってたから」

 ネクラくんはそう言うと、ちょっと照れくさそうにする。
 そういえば、メッセージで話しているときに苺が好きと伝えていた。
 会話を覚えていてくれたことが嬉しくて、一瞬で笑顔になる。
 お互いに悩んだ末に、ネクラくんはカレー、私は和風パスタを選んだ。それからデザートに苺のティラミスを注文する。
 ネクラくんは話してみると、対面でも話しやすい人だった。
 初対面なのでぎこちなさはあるけれど、楽しく盛り上がったほうだと思う。
 その証拠に私も自然と笑えていた。

「せっかくだから敬語なしにしない? 歳も近いことだし」
「う、うん。そうしよっか」

 プロフィールに書いてあったネクラくんの年齢は、私より二歳年上の二十八歳。メッセージのやり取りは気軽にできたけど、今日初めて会ったこともあり敬語になっていた。
 提案してもらえたので、ぎこちなさを残しながらもタメ口に変えてみる。

「ねえ、なんで名前を〝ネクラくん〟にしたの?」

 それはずっと不思議に思っていた疑問。投げかけると、ネクラくんは気まずそうにポリポリと頭をかいた。

「名前でハードルを下げといたほうが、会ったときにつまんない男とか思われないかなーって」
「……そんな理由なの?」
「根暗だと思われてたら、話が盛り上がらなくてもガッカリされないかなって」

 そう言うと、ははっと苦笑いを浮かべた。
 まさかの理由だったので、私はなんて返せばいいかわからず言葉に詰まる。
 しばらく考えると、なんだかおかしくなってきた。

「ふふッ、そんな理由だったんだ」

 ワンテンポ遅れて私の笑いのツボに入った。だってネクラくんという名前に、思いのほかしっかりした由来があったから。
 真剣に考える彼の姿を想像したら、思わず笑ってしまう。

「笑うほど変だった?」
「いや、ちょっと面白くて」

 この話のおかげで、私の中で張り詰めていた緊張がほぐれた気がした。
 すっかり敬語も抜けて、私たちのあいだには楽しげな空気が流れていく。

「そろそろお店出よっか」

 話しながら食べていたら、あっという間に時間が過ぎていた。デザートまで食べ終えた私たちは、そそくさと帰り支度を済ませる。

「お会計はご一緒ですか?」

 レジカウンターで店員さんに聞かれて、一瞬言葉に詰まる。
 そういえば、支払いをどうするのか事前に決めていなかった。

「……えっと、別々で」

 初めて会ったばかりだし、私の分は自分で払おうと思った。財布に手をかけると、ネクラくんはすかさず後ろから手を伸ばした。

「お会計一緒で」
「……え」

 あまりの手際のよさに、私は呆気に取られてしまう。

「私も払うよ……?」
「今日誕生日でしょ?」

 優しい言い方をするのですんなり受け入れてしまった。私が気にしないように気を使ってくれたのかもしれない。

「あ、ありがとう」

 お礼を伝えて外に出ると、ふと寂しさが押し寄せた。
 またこうして会いたいな……。心の奥にそんな気持ちが芽生える。この気持ちが恋になるのかわからないけれど、なんだか嬉しい予感がした。

 ネクラくんの背中を見つめながら感慨に浸っていると、勢いよくこちらを振り向いた。含み笑いをしていて、なにか言いたそうに見える。

「お待たせ。プレゼント渡すね」

 プレゼントという言葉を聞いて、頭から抜けていたことを思い出した。
 そういえば、誕生日プレゼントを準備したって言ってくれてたっけ。
 流れるように楽しい時間が過ぎて、すっかり忘れていた。

「そんな……本当に気を使わなくていいよ?」
「絶対喜ぶと思うよ?」

 よほど自信があるのだろう。ふっと口角を上げて今日一番のドヤ顔を見せた。
 ここまでハードルを上げても大丈夫なプレゼントって、いったいなんだろう。
 そんなことを考えたら、なんだかちょっとだけわくわくしてきた。

「ありがとう。じゃあ……遠慮なくいただくね?」
「……お待たせ」

 ただにこりと笑うだけで、ネクラくんはプレゼントを渡す様子はない。
 どう見ても言葉と行動が合っていないような気がする。
 あまりに素敵な満面の笑みなので、釣られて私も微笑み返した。
 ここまでハードルを上げてきたプレゼント。どうしたって期待をしてしまう。
 自然と胸を躍らせていると……。



【続きは書籍版にて】